3D mode!

Entries in 2008/10/26/

消せないファイル

今,ボクの愛機 MacBook には,数匹の消せないファイルが潜んでいる.

──話を1週間ほどさかのぼろう.

Linux からファイルをコピー

使い古した Linux 機をクリーンにする準備として,同一ネットワークにつないだ MacBook から scp コマンドを打ってファイルのバックアップを取っていた.必要そうなディレクトリを丸ごとコピーしたんだ.

コピーが終わって,改めてディレクトリの中身を見てみると,不要なものもあると気が付いた.そこで,ファイルの削除を試みた.これが悲劇の始まりだった.

6D883048306A304430D530A130A430EB

それは文字化けッ!

(ファイル名の一部はプライバシー的な理由で隠しています)

左のファイルを見てもらうと分かる通り,ファイル名になんやらよく分からない文字が入り込んでいて,お察しの通りこいつらが消せないファイルってわけです.

不死身

こいつらが格納されているディレクトリに移動して ls を打つと「そんなファイルない」と言われる.

Terminal

No such file or directory

そう,恐ろしいことだけど,こいつらの名前を呼ぶことができない.名前を呼ぶことができないってことは,コマンドの引数に渡してやることができないんだ.目の前にいるのに殺せない.こいつらはのうのうと「私が _%82%A8%8E%F0%82݂̂%BD%82%A2_%82ȋ%C8 です」っていきなり名乗ってくるんだけど,何を言っているか聞き取れなくてデスノートに名前を書けない状態.ダメだこいつ… 早くなんとかしないと…

色々と試してみたけど,やっぱり名前が壊れているとどうにもならないらしく,最後に頼ったのが Finder の「確実にゴミ箱を空にする…」コマンド.

78BA5B9F306B30B430DF7BB130927A7A306B3059308B2026

テメェーッ、サッサトあの世へ行キヤガレェェェェ、コノクソガアアアァァ

イツマデモコノ世ニヘバリ付イテンジャアネェェーーーッ、コラァァァーーッ

Finder

頼もしいメッセージ

WANNA BE 状態で OK ボタンを押す

30B430DF7BB1

くそォォ なぜだァア なぜくたばらねぇ~~~~

と,戸愚呂兄状態で泣き叫んでみても,ファイルは一向に消えてくれる気配を見せない.困ったなぁ.

今ここ

そして消したいと思っても消せないので── そのうちボクはカーズ状態に陥って考えるのをやめた.

音に触るのは楽しい

iPhone と付き合い始めて3ヶ月と数日が経過しました.そろそろ頃合いかな,ってことで,初キスも済ませました.

週末になるたびにアプリをとにかくたくさんインストールして,色んなプレイを楽しんでみています.新しいアプリは,誰かがブログや Twitter で紹介しているのを見つけるか,ITMS の「無料のトップアプリケーション」を眺めてインストールするぐらいのものなので,ほとんど無料アプリばかり使っています.

そんなボクが購入した有料アプリを振り返ってみると,PaklSound1 と Bloom がありました.どちらも音を楽しむアプリです.

PaklSound1

PaklSound1.シーケンサって言うんですか

Bloom

Bloom.触った場所で音の高さが決まる

スクリーンショットを貼ってみたものの,これじゃあ何も伝わらない気がするぜ.しかも ITMS にリンクする方法が分からないや… アクセシビリティが低くてゴメンなさい.

自分はそんなに音楽にこだわりがあるわけでもなく,CD はほとんど買わないし,誰かのライブに行ったりすることもなく,とにかく音楽にお金をかけないんですね.だからちょっと,上記2つの有料アプリを購入したってのは,(決して高価な買い物ではないけれど,それでも) 自分から見て意外なことでした.

きっと「音に触れる」感じなのが楽しいんでしょうね.あんまり考えずに,画面を触っていると音が連なって,音楽になってくれる.そう,なってくれる.音が楽しい.作曲なんてできない自分にも,音を生み出せるのが楽しい.この楽しさは本能的なものだと漠然と思っていて,自分に子供ができたら,こういう楽しさをいっぱい感じさせてあげたいと強く思う.感性っていうのかね.教えるんじゃなくて,感じてもらう.感じていただく.

ボクは今「Wii ミュージックほしい!」とか思っているよ.

大学院時代に買った iPod は,それほど生活に溶け込まず,おうちで留守番することが多かったんだけど,iPhone は(一応)携帯電話だからいつも持って歩くし,自転車通勤を楽しくしてくれる大事な存在になったよ.めでたしめでたし.

「選ばない」という選択が持つ情報

こんにちわ.この部屋から見える東京の空は雲に覆われています.日曜日の昼下がり,いかがお過ごしでしょうか.ボクは久しぶりに LDR の未読が0になって,ちょっと気分がいいのです.

今日はなんだか,技術系のすぐに再現可能なノウハウが書かれたエントリよりも,人の生き方だとか,キャリアプランだとか,そういう長期的な視点で書かれた文章が心に刺さりました.そんな自分を認識しました.

そいで,なにが言いたいかというと,しばしば着目される「何を選んだか」だけじゃなくて,見過ごしがちな「何を選ばなかった」にも情報量があるってことです.

ソーシャルブックマークも Tumblr のポストも,ボクにとっては前者の蓄積だと言えます.これら「何を選んだか」の情報を利用して,情報収集の効率化を図る試みはいくつもあります.一方,「何を選ばなかったか」の情報は,そもそも表に出てこないことが多いですし,扱いづらいですよね.でも量的な意味では,選ぶ情報より選ばない情報の方が多いんじゃないかな.ボクの場合,1000エントリを読んでそのうちブックマークするのは20ぐらいです.残りの約980エントリは,そもそも読まなかったか,読んでもそのままブラウザのタブを閉じてしまった.この「選ばなかった」情報を活用できないものか.

こういうことを考えると,ソーシャルブックマークサービスを単体で運営しているチームよりも,別のサービスとあわせて提供しているチームに強みが出てくる.例えば livedoor さんなら,LDR をユーザへのインプット,livedoor クリップをユーザからのアウトプットと仮定することで,ある集合の中から,何をクリップして何をクリップしなかったかをある程度正確に知ることができる.インプット x とアウトプット f(x) が分かれば,関心関数 f が朧気ながら見えてくるんじゃないか.

うちの会社もレコメンデーションエンジンの提供をやっているので,ユーザの行動のひとつひとつを取りこぼさずにデータとして有効活用したい,ってのは強く思います.

確か研究室時代にも似たようなことを考えたなぁ.

ソーシャルブックマーク研究会のあとの飲み会でお話相手させていただいた faultier さんが,最近ブログに面白いことを書いていたし,まだまだ楽しいものは生まれそうだなぁと期待を込めてのエントリでもありました.

As Sloth As Possible : 「誰か」から「誰か」へのメディア – livedoor Blog(ブログ)