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Entries in 2011/10

「ウェブ×ソーシャル×アメリカ」を読んだ

最初から最後まで、不思議な刺激を受けながら読みました。読書メモです。まずは、プロローグの一部を引用します。

構想力が大事になるというのは、このような文脈においてだ。遠からずかつての夢の完成形を目撃してしまう以上、50年前の夢=ビジョンに代わる新たな夢=ビジョンを、私たちはこれから構想していかなければならない。ジョブズやシュミットからバトンを受け取らねばならない時に備えなくてはならない。それはそう遠くない将来に生じることだ。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.9) プロローグ「構想力、想像力」

この本が世に出たのは、2011年3月のことでしたが、ぼくがこの本を読み進めている途中に、その「バトンを受け取らねばならない時」をリアルに感じる瞬間が訪れました。2011年10月5日、スティーブ・ジョブズが亡くなったからです。

点と点がつながっていく感じ

本書を読んで、自分の中に「点」として存在していたいくつかのものが、意味のあるつながりをもって感じられるようになりました。この感覚は「パターン、Wiki、XP」を読んだときに感じたものと似ていました。「それと、それと、それが、つながるのか」という感覚です。どちらも書名が「3つの名詞の羅列」であることも共通していますね。おもしろい。

パーソナルコンピュータ、カウンターカルチャー、宇宙船地球号、Whole Earth Catalog、全体性、グローバル・ビレッジ、インターネット、複雑系科学、ネットワーク科学、アソシエーション、コミュニティ、コミューン、Google、Apple、ソーシャルウェブ、デザイン思考、フリーミアム、Twitter、Facebook、人間讃歌。これらのキーワードで、あったり。

スティーブ・ジョブズ、エリック・シュミット、クリス・アンダーソン、ティム・オライリー、ローレンス・レッシグ、アラン・ケイ、スチュアート・ブランド、ケヴィン・ケリー、アルバート=ラズロ・バラバシ、リチャード・ワーマン、ドナルド・ノーマン、マルコム・グラッドウェル、クレイトン・クリステンセン、マイケル・ポーター、ティム・バーナーズ・リー、ビズ・ストーン、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、マーク・ザッカーバーグ。といった人物たちで、あったり。

ひとつひとつ、ひとりひとりは、なんとなく「知っている」くらいのものだったりするけれど、本書の中では、これらの間にある「関係」や「つながり」までを含めて立体的に描かれていて、とてもワクワクしながら読みました。

ところで、余談ではありますが、著者の池田純一さんは「あとがきに代えて」と冠した「ウェブ時代に本を書くということ」の中で「本にしちゃうと立体的に書けない」といった旨のことを言っているのですが、それでも読者であるぼくが立体感を感じ取ることができたのだから、ストーリーってのはおもしろいと思います。

ウェブの情報構造はハイパーリンクが前提であるため、その構造は立体的だ。(中略) ウェブ時代に本を書くということは、この3次元以上の繋がりからなる情報構造をいかにして平面に射影するか、最も効率的な射影方法はなにか、その切り口を作ることなのだろう。そして、この本の場合の切り口は「アメリカ」であった。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.309) ウェブ時代に本を書くということ

読書メモ

ユーザーからのフィードバックが常識となった現代から見れば当たり前のことだが、サイクル=循環に基づいたビジネスの見方はそれほど古い歴史をもつものでもない。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.36) 第1章 ウェブの現在「複雑系科学」

自分の感覚とはギャップがありました。古くからあるものだと思っていました。

ネットワーク科学の第一人者であるアルバート=ラズロ・バラバシは、パタンではなく「ライム(音韻)」という表現を好む。パタンは視覚的なものを連想させるが、人々の行動類型は不可視であるがゆえに、たしかにライムと呼ぶほうが適切かもしれない。ライムという表現は、また、重ねあわせによって異なるライムを生み出すことも想像させる。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.39) 第1章ウェブの現在「ネットワーク科学」

おお、バラバシ先生の考え方、おもしろい!パタンじゃなくてライム。ライム・ランゲージ!セッションできそう!

その協働のあり方に次代の生産様式をベンクラーは見出す。継続する協働である以上、人々の参加動機は、全くの利己的動機でもなければ、全くの利他的動機でもない。互いに得するwin-winの関係を期待するところにある。そして、その期待が実現することを参加者が実際に経験することで、協働関係は社会的事実として強固なものになっていく。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.46) 第1章 ウェブの現在「アーキテクチャ法学者たち」

「Wikipedia」や「Linux」の発展を身近なものとして感じている自分にとっては、すんなりと受け入れられる記述でした。すでに強固なものになってきた、と過去形で感じているくらいです。ところで格差と若者の非活動性について (内田樹の研究室)というエントリは、

今の日本社会に致命的に欠けているのは、「他者への気づかい」が「隣人への愛」が人間のパフォーマンスを最大化するという人類と同じだけ古い知見です。

格差と若者の非活動性について (内田樹の研究室)

と、締め括られていましたが、こういった感覚が「次代の生産様式」なのか「古い知見」なのか、どっちなんだろうって興味を持ちました。考え自体は古いけれど、行動に落ちるまでになってきたのが近年、という整理になるのかな。

一方、ブランドは、そうした意匠ではなく、意匠を含む文化現象を生み出した装置、いわばカウンターカルチャーの「精神」の方により強く関心を寄せた。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.72) 第2章 スチュアート・ブランドとコンピュータ文化「歴史的場面の目撃者」

LSDやテレビのように、何であれ、精神的拡張や一体感をもたらすようなツールにブランドは強い関心を示すようになった。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.94) 第3章 Whole Earth CatalogはなぜWhole Earthと冠したのか「宇宙から見た地球」

66年には、「宇宙から見た地球の写真」の公開をNASAに求める運動を起こした。これは、ブランド自身がLSDのトリップ経験から地球の丸さを鋭敏に感じてしまったことが発端だった。この運動は「宇宙船地球号」を提唱した、デザイン科学者であるバックミンスター・フラーの発想に触発されたもので、地球が球として一つであることを知れば、人々は惑星レベルで物事を捉えるようになると思ってのことだった。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.94) 第3章 Whole Earth CatalogはなぜWhole Earthと冠したのか「宇宙から見た地球」

うまく言えないのだけれど、ここ、すごく引っかかりました。ブランドが「意識の拡大」にずっと興味を持っていた、というのが気になります。おもしろい。自分の場合を考えてみると、2004年くらい、研究室に配属された直後に、この世界の「べき乗則」を知ったり、mixiをクローリングすれば社会の形を把握できるのでは、と考えたりできるようになって、確かに、自分にとってまったく新しい視座を手に入れて、軽く狂ったように興奮気味であったことを思い出します。その感覚に近いのかもしれません。

当時の若者の典型的な不安は、大量生産/大量消費を支える大企業という官僚制の中で一つの部品として生きることに対する不安であり、冷戦の進行の中で徐々に現実味を帯びてきた核戦争による人類の破滅への不安であった。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.87) 第3章 Whole Earth CatalogはなぜWhole Earthと冠したのか「ヒッピーカルチャー」

自分は2011年の日本に身を置きながら核のこととか心配していないし、そもそも考えないようにしているけれども、前半の半分には強く共感します。ヒッピーの人たち、そうだったのですね。

フラーは、comprehensive designという考え方を提出し、デザイン=設計の際には、全体を見渡した上で、最小資源で最大の効果を得るものが最良のデザインであるとする見方を提唱した。デザインを、単なる意匠と捉えるのではなく、最終的な制作物が利用者に与える効果まで見越した上で行う行為と捉える、より包括的な考え方だ。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.97) 第3章 Whole Earth CatalogはなぜWhole Earthと冠したのか「全体を見渡したデザイン」

これも、どちらかというと当たり前だと思っていたので、割と新しめの考え方なのだと知って、少し驚きました。

サイモンは、バックミンスター・フラーとは別の文脈で、最適化過程としてのデザイン、システム設計としてのデザイン、という見方を明確にした。これは、フラーのところでも記したが、彼らのデザイン発想は、個別具体的な意匠の制作、というデザイン対象に接近した視点だけでなく、その制作物がどのような文脈でどのように利用されるのかを全体を俯瞰して考えることを優先する。

(中略)

技術も制度も経済も総合的に検討される、一種の総合科学のポジションを持っている。だから、政治科学を専攻し、集団の組織行動に関心をもつサイモンが、コンピュータという人工物の設計を研究対象にするうちに建築的な発想に近づいたのも全く自然なことだ。コンピュータの特質は汎用性=総合性にあったからだ。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.125) 第4章 東海岸と西海岸「ハーバート・サイモン」

ひゃー。サイモンさん、めちゃくちゃおもしろい。ノーベル経済学賞を受賞しているのか。好奇心に対して素直なタイプの人を想像しました。おもしろい。この流れからドナルド・ノーマン誰のためのデザイン?に代表されるような認知工学的デザインに注目が集まるんだとか。おもしろい。

ソーシャル・ネットワークの動きを見ていく上で、常に気にかけておきたいことがある。それは「ソーシャル」という言葉が何を意味するのか、ということだ。

(中略)

しかし、ここからは、このソーシャルという言葉に拘っていきたい。というのも、ソーシャル・ネットワークという言葉も他の数多のウェブサービスの呼称と同じくアメリカで最初に使われた言葉であり、ソーシャルという表現も自ずからアメリカ社会における意味を帯びているはずだからだ。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.142) 第5章 Facebookとソーシャル・ネットワーク「ソーシャルという言葉」

本書のタイトルにも触れる部分ですね。確かに、2011年の日本では「ソーシャル」って言葉の使い方には慎重になった方がよさそう、と感じます。何を指しているのか、分からなくなりがちなので。

実際、ザッカーバーグは、『アエネーイス』の一節の、「境界のない世界・国家」という表現を特に好むようで、何度か社内会議でも引用しているという。ひたすらに世界中の人々を「繋げる」ことに駆られているザッカーバーグが『アエネーイス』に惹かれているのは興味深い。

おそらくオープンやトランスペアレンシーをザッカーバーグが主張するのも、彼からすれば、その二つの価値はローマの多民族融和のようなものだからだろう。この原理によってローマ人が創設されたように、オープンやトランスペアレンシーという価値を内面化した人たちが、いわば「Facebookユーザー」という新たな民族を形作ることに期待しているように思われる。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.151) 第5章 Facebookとソーシャル・ネットワーク「方向転換を支えた参照点」

参照点、おもしろい。加えて、マクルーハンのグローバル・ビレッジも参照しておくとよさそう、とのこと。

「連合主義」とは、「同志」からなる人々が状況に応じて可変的に組み合わさり、ことにあたることで、多様な人々が多様なまま結集できるとしている。連合主義も同志も直接的にはホイットマンの言葉だ。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.175) 第6章 アメリカのプログラム「兄弟社会のアメリカ」

通常、コミュニティ(共同体)は地縁を前提に伝統的に形成された集団とされる。そして、その地縁から解放され、個人の自由な意思によってある特定の区域に作られた相互扶助的な集団がコミューンとされる。

しかし、基本的に移民の入植者によって作られたアメリカの街は、コミュニティといっても必然的にコミューンの性格を帯びる。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.176) 第6章 アメリカのプログラム「集団を作り替える」

トクヴィルのいうアソシエーションとは、形はどうあれ、人々がある共通の目的を実現するために自発的に集まった組織のことをいう。そして、アメリカ人ほど、このアソシエーションという技術の活用に長けた人々はいないと評価する。トクヴィルは、アソシエーションの技術は「母なる知識」だとまで言う。アソシエーションの技術とは「手段を尽くして共通の目標の下に多数の人々の努力を集め、しかも誰をも自発的に目標の達成に向かわせる」ような「工夫」の総体として説明される。誰に指図されるでもなく自由に助けあう技術を誰もが習慣として身につける。そのことによって、誰もが原則的に平等であり、その限りで確定した権威が長期にわたり存続することはないデモクラシーの社会的不安定さを取り除くことができる。「母なる知識」というのはそういうことだ。

アメリカは「平等」を是とし、かつ、欧州に比べれば遥かに因習からの圧力のない状態から社会が始まった。そして、何より19世紀の、国土が拡大していくアメリカでは、自発的に自らの街を作っていくことが全米で試みられた。その過程でアソシエーションの技術は全米で実践され、活用されたことになる。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.183) 第6章 アメリカのプログラム「アソシエーションの技術」

フランス人であるトクヴィルが見たアメリカという新大陸、の描写がとてもおもしろかったです。なにかというと、これは「日本人である大和田純が見たウェブという新大陸」という写像をまさに想起させるからです。長年に渡って積み上げられてきた因習のある日本と、まだまだ整備の途中であって、これから様々な国や街が創られ形を変えていくであろうウェブと、その対比があるわけですね。「みんな、パソコンは持っていないけれどモバイル端末は持っていて、無線LANのアクセスポイントは整備されていて、日本とはぜんぜん違うルールでのゲームになるからアジアはおもしろいよ」と話してくれる友人は、ネットワークインフラという観点から見たアジア諸国という新大陸の姿を視ているのかもしれませんね。

インターネットはおおよそ1965年頃に構想され95年頃に民間利用への舵を切った。この間約30年間だ。インターネットがいかに私たちの生活に不可欠なものになったかはもはやいうまでもないだろう。30年=ジェネレーションとはそれだけの変化の厚みを持つ。であれば、今この瞬間に思案され、考案されたものが30年後にはリアルなものになる。そう想定するところから始めてみる。そして、そうした「ジェネレーションからの発想」の実践者としてウェブ企業の創始者=ビジョナリたちが存在する。

(中略)

茫洋とした未来ではなく、一里塚となる未来を設定することが具体的な想像力をもたらすことに繋がっていく。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ (P.233) 第7章 エンタプライズと全球世界「ジェネレーションで構想する」

本書の主題である「次を構想しよう」の振りとなる部分。30年、という単位はなるほど、と思いました。

ここから先は「第8章 Twitterとソーシャル・メディア」「第9章 機械と人間」と続いていくのですが、終盤にかけて、一気に駆け足になった印象を受けました。ひとつひとつの節には面白味を感じるものの、全体とのつながりはうまく読み取れなくて、ここにメモとして残しておきたいものは拾えませんでした。中には様々な問いかけもあったりして、ちょうど今、事業をつくる日々を過ごしている自分にとっては、触れることができてよかったな、という文章はたくさんありました。よく噛んで消化したいと思います。

「ウェブ×ソーシャル×アメリカ」は、おもしろい本でした。

ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力 (講談社現代新書)
ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力 (講談社現代新書) 池田 純一

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創業合宿にいってきました

創業メンバーの3人で、箱根の温泉旅館に行って合宿してきました。はじめての箱根。

箱根

日曜日の朝、待ち合わせをして、10時くらいには都内を出発しました。途中、お昼ごはんを買ったりしながら、楽しみだねーなんてお話したりしながら、箱根を目指し、正午には会場に到着しました。持ち物は、各自の作業マシンと、プロジェクタ、モバイル Wi-Fi ルータ、たくさんの紙、ペン、セロハンテープ、ポストイット、カメラ、1泊分のお着替え、くらいのものでした。身軽でいいですね。

会場に着いて「おー、立派なところだねー!あの値段でこんなところに泊まれるのかー、すごいすごい!」なんてはしゃいでいたら、実は会場を間違えていて、そこからさらに山奥に進んだところにある建物が、本当の会場でした。今回の会場、すごくよいところだったのですが、最初に間違えて入っていったところが立派すぎて、無駄にそこと比べてしまったので、会場着のときの3人の無口っぷりがすごかったです。思い出すと笑えてきます。

チェックイン

宿泊先のお部屋に着いて、荷物を降ろし、最初にやったことは「合宿へのチェックイン」です。こうして3人が集まって、ほぼ丸1日ほど一緒に過ごすという機会は初になります。それぞれに、この合宿では「こんなことを話したい」「こんなことをしたい」「こんな時間を過ごしたい」を話し、共有し、合宿の時間割をつくっていきました。

また、途中で「他のメンバーに聞きたいこともあるよね」というお話になり、それも順番に挙げ、なんだか「いい感じ」の時間割ができあがったのです。

「着地」

9月の中旬くらいから、少しずつ今のお仕事へのコミットを始めていたので、一緒に創業するメンバーのこと、少しは分かっています。ぼくたち3人は、ちょいとお話を始めると盛り上がりすぎてすぐに頭がフワフワになり、風に吹かれてどこか遠くへ飛んでいってしまいそうになるので、今回のテーマは「着地」としました。

「着地」

遠い未来の姿を夢見て目がキラキラとしてくる少年の心は大事にしつつも、そればっかりになってしまっては、年内を生き抜くこともできずに死んでしまうでしょう。ぼくと同じ意識を、他の2人も持っていました。

ぼくにとっての「着地」とは、アプリケーションの開発を開始できるくらいに事業の土台を踏み固めること、でした。この日まで、どうして自分は元気に開発をスタートできていなかったのか、心情と向き合いながら「事業として、ここはどうしていこうね」と会話を重ね、自分がこれから構築すべきアプリケーションの輪郭を明らかにし、合宿終了後の週明けから、勢いよく開発を始められるようにと、そこをゴールとして見据えていました。

そこまでいかないと、10月からの自分の (本業という意味での) お仕事がありませんからねー。

地に足をつける具体的な工夫としては、ポモドーロタイマーを導入することにしました。25分ごとに「勢いに乗って浮かれていないか」を確認できます。

これまでのお話

創業者さまのお話を中心に、これまでのお話をしました。

「一緒のチームでお仕事をしよう」とか「この事業の実績はこんな感じです」なんて概要レベルでお話するときは、ほとんどの場合は「成功事例」の紹介に終始しがちだと思います。自然なことだと思います。ぼくら3人でお互いにお話してきたことも、よくもわるくも「成功」のお話が多かったでしょう。

この日、この合宿では「過去にこんな失敗をしてしまってね」という内容がいくつも話されました。加えて、失敗のお話は必ず「そこから何を学んだか」で締められていて、穏やかな気分で聞くことができました。「合宿っぽいなあ」と感じて、ひとつずつゆっくりと聞いていました。

よく整理された「失敗からの知見」は、聞いていて納得できるものばかりで、じゃあ、これから、ぼくたちはこうしていくべきだね、こうしなきゃあいけないね、こうしてみたいね、と、前向きな会話が生まれました。同じ失敗はしたくない。失敗体験もがっちり共有して、これからの戦いに備えましょう。

これからのお話

壁に貼って掲げたテーマ「着地」の2文字を見ながら、「これから1ヶ月半」と「これから3ヶ月」に期間を絞って、これからのお話をしました。

明確にしていった内容は「ぼくらのお仕事のパートナーとなるのは誰か」「パートナーは何種類いるのか」「その人たちのそれぞれにどんな価値を提供するのか」「その人たちとどんな関係を築くのか」「ぼくらがやらないことはなにか」あたりです。こうして文章として書いてみて、自分は Business Model Generation に大きく影響を受けているんじゃないかなーと感じたわけですが、メンバー全員がこの本を読んでいるし、こういったお話をせずに「価値」を見つけることはできないはずなので、恐らく自然な会話をしただけだったのだと思います。

今回、特に難しかったのは「ぼくらのお仕事のパートナーとなるのは誰か」です。自分以外の2人は、合宿にくる前に、このトピックについて少しお話する時間があったらしく、まずは「この間、ちょっと話もしたんだけどね、そうそう、たとえば誰々さんみたいな人をハッピーにしたくて、」というお話をじっくりと聞くところからはじまりました。

ところが、そうして語られる人物像を想像はできたものの、じゃあ「その人が使いたくなるアプリケーションってなんだろう」と考えると、途端にイメージが膨らまなくなるのでした。「このままじゃ設計できないなあ」と思い、ひとつずつ質問を投げかけながら、気持ちを整理していきました。そうして会話を続けていくと、やがて「これじゃあ、だめだ」というところに辿り着きました。最初に掲げていた人物像を相手にするだけでは「事業として成立しない」というイメージを全員が持ってしまったのです。

そこからは、自分たちが自然だと思える「人々の在り方」を考えなおし、再度のイメージづくりを行いました。自分たちがパートナーにしたいと思える人物像がクリアになるほどに「じゃあ、アプリケーションはこうつくればいいね」も明確になっていきます。ソフトウェアの設計を通じて、自分たちの事業のカタチが明らかになっていく過程は、とても刺激的で、なおかつ安心感のあるものでした。そうか、刺激と安心は同時に存在させられるのだなあ。

ここで、自分にとって、すごく嬉しいことが起こりました。自分が「アプリケーションの設計」という観点から「ここは、もっと明確にしなきゃいけない」「事業のスタンスとして、はっきりしなきゃいけない」という意識でお話を進めていったときに、メンバーから「うんうん、だったら、提案資料も更新しなきゃだねー。メモメモ…」という発言が出てきました。

ほむほむ。事業の「コア」は、全員が共有する「たったひとつのもの」があって、そこから派生する「アプリケーション」だったり「提案資料」だったりは、コアの形が変わった瞬間に、すべて同時に更新されるべきですもんね。構造として正しいと思いました。3人という少人数で同じ時間を過ごすことで気が付いたことです。ごくごく自然なことだろうけれど、感覚として身体で理解できた気がしますよ。手応えがあります。

夜ごはん

夜ごはん

おいしかったー!誰もお酒を注文しなくて、エラいと思いました。

作業タイム

ごはんのあと、お部屋に戻ると、メンバーから「そういや、メールを返さなきゃ…」「書類の提出っていつまでだったっけ…」ってね、そうそう、合宿にきて、東京の慌ただしさから離れたように感じてしまうけれども、作業は作業として存在しますよね。ここで時間を切って、各自が作業を一気に進める時間としました。頭をスッキリさせてから、以降のクリエイションに臨みたかったからです。

ここでも面白いことが起こりました。「あっ、その作業、こうやると早いですよー」みたいな、ペアプロのときに偶発的に発生するような「お互いのスキルと知識の共有」がなされました。ぼくがちゃちゃっとスクリプトを書いて、メンバーの手作業を撲滅したり、逆に、ぼくが苦手な Excel の使い方を教えてもらって、作業があっという間に片付いたりました。

合宿すごい。メンバーが集まって「作業モード」を時間で揃えることによって、それぞれの作業が劇的に効率化したりするかもね、ってお話をしました。ぼくらのチームのように、それぞれのスキルセットやバックグラウンドが大きく異なるチームでは、この傾向は顕著かもしれません。メンバー間の差異を武器にできれば、もっともっと日々を加速できるかもしれません。

お絵描きタイム

はい!作業モードに突入して、左脳さんが活性化したので、合わせて、右脳さんにも元気になっていただきましょう。みんなで絵を描きました。


「1ヶ月半後、3ヶ月後に、自分たちはどうなっていたいか」

ごはんの前までにお話していたことを思い出しながら、それを1枚の絵にして仕上げていきます。ぼくが描いた橙色のラフに、他のメンバーが青い線を加えてくれました。前半で実のある会話をできたからでしょうね、スラスラとペンが走ってくれて、とても楽しい時間が流れます。

さて。ここまで到達したところで!自分の中のプログラマが「俺たちも… そろそろつくろっか?」と繰り返し何度も語りかけてくるようになりました。悶々としてくるわけです。楽しい題材が目の前に広がっていて、これをカタチにしていくことが自分のお仕事だなんて、とってもハッピーじゃないですか。この状況で「だーめ♡」だなんて、涎が垂れてしまいますよ。

しかし、相手は尻軽事業ではありませんでした。焦らし上手なメンバーたちから「もうちょっと丁寧に進めたい」と提言があり、それなら、ということで、ペーパープロトタイピングの時間を取りました。

お絵描きタイム
ポモドーロタイマーとペンの景色がかわいい。

メンバーたちにブレーキを踏んでもらえて、本当によかったなあ。鼻息の荒くなった自分が、ひとりよがりの開発をせずに済みました。こうして、メンバーそれぞれの頭の中にある「ぼくが考える最強の!」を描き出し、それらを共有し、さらに深い会話を続けることができました。そして出来上がったユーザインターフェイスのプロトタイプが、今、ぼくの手元にあるわけです。

温泉タイム

露天風呂ー!とってもよかった。温泉は素晴らしい。また行きたい。湯船につかりながら「これだけスピードが出るのなら、合宿はどんどんやりたいね」ってみんなでお話しました。

チェックアウト

この日のふりかえり。みんなで、今日1日のことを思い返して、お話して、確かなものにしました。

ライブコーディング

お酒を飲んで談笑しながら Rails をアプリをつくって動かして見せました。「じゃあ、次はここをこんなふうに変えてみましょう」って言いながら酔っ払いながら動かして、開発はこんなノリで進めますよ、という雰囲気を共有したかったのでした。

こうして非プログラマの人たちとやりとりしていて分かったのは、プログラマが過ごす時間について、恐ろしいくらいに何も知られていないってことです。プログラマがどのような思考の過程をたどり、どこでつまづき、そこで何を考え、どのようにアプリケーションを組み上げていくのか、そもそも見せてもらう機会がないとのことでした。

だったら、自分は、そんな時間も一緒に過ごしたいです。ひとつでも多くの機能を「会話」の中からつくっていきたい。

まとめ

このあとも箱根の秋の夜は長く、密な時間を過ごしていくことになりましたが、続きはぼくから聞き出してくださいね。

ちょっとした夢であった「合宿」が現実のものになって、とても嬉しかったです。ひとまず、これから1ヶ月半の間に取り組むべき「一人称」の課題も見つかったので、これから迷いなく踏み出していけそうです。ぼくたち3人のフォーメーションも見つかってきて、段々と連携も取れるようになってきました。スキルセットやバックグラウンドは違えど、事業を創るという「ものづくり」のプロセスに関して言えば、それぞれが学んできたことを持ち寄って、自分たちの今の現場に応用していけそうです。立場の違う人たちでチームを組んで走り出す、という、自分にとっての新しい挑戦は、理想的な形でスタートを切れたように感じています。ソフトウェアという実装で「カタチをつくる」という部分については、ある程度は「ひとりで任されなきゃ」と覚悟を決めるつもりでいたのですが、想像していたよりもずっとずっと、メンバーが「一緒につくる」姿勢でいてくれていて、不安はほとんどなくなりました。

箱根の秋空お風呂あがり朝ごはん

ようやく、自分の新しい日々が動き出していきそうです。楽しみ!

高専カンファレンス in 小山に参加してきた

2011年9月25日、高専カンファレンス in 小山に参加してきました。久しぶりの高専カンファレンスへの参加となった今回は、運営もちょっとお手伝いさせてもらって、めいいっぱい楽しませてもらいました。

RubyKaigi2011 のスタッフとしてご一緒した都井くんから、RubyKaigi2011 が終わった数日後にこんなメールをもらいました。

都井くんからのメール

ところで、ぼくは去年の高専カンファレンス 2010秋 in 東京が終わったときに、こんなことを書いています。

これらは、ボクが抱いていた以上の現実となって返ってきてくれた。特に「期待3」は予想以上の成果となり、当日スタッフとして参加してくれた現役高専生から、とてもありがたいメッセージをいただいている。嬉しいことだ。この種は、近い将来、皆さんの目に見える形の花になるでしょう。

「高専カンファレンス 2010秋 in 東京」を終えて – 準二級.jp

あのとき当日スタッフに応募してきてくれた現役1年生が、他でもない、都井くんでした。今は2年生になった彼が、こうして自分の場所を創ろうとしていて、そこにお呼ばれするなんて、とっても素敵な体験でしょう!都井くんが 014tokyo から何を感じ取り、どんな形で 039oyama につなげていくのか、しっかり見届けようと思いました。

そんな思い入れを持って、栃木県まで行ってきました。東京から栃木までは地続きだし、001tokyo からはじまった高専カンファレンスも、ずっと地続きなんだって思います。

前日のこと

当日の段取りも決まっていない部分があったし、前日準備のために前日入りしました。主な担当作業は、今回の会場となる「蔵」の特性を活かした「The談会」の設計と、前日祭の進行です。やるぞー!

DSC01454 by RooandQoo, on Flickr

実行委員長の木藤くんとは、009tokyo や 011nagano でご一緒したことを覚えていて、まだ3年生かー、若いのに感心だねー、なんてずっと思っていたら、いつの間にか5年生になっていました。すっかり頼もしい実行委員長で、いやはや、年下の子たちの成長のスピードは信じられないくらいに早いものです。そんな木藤くんと、都井くんと、それから、釧路高専卒の小山実行委員チームの相棒るーくちゃんと、ぼくと、4人で「The談会」の設計をしました。ぜんぶで3つある「The談会」の会場をどのようにして活かすか、を考えました。結果、それぞれの会場に門番を配備することになり、ここは「都井くん」「るーくちゃん」「わたし」で守ることにしました。これはガローア会議01のメンバーそのものですね!チームワークはバッチリだな、と安心しました。

DSC01486 by RooandQoo, on Flickr
青い小山高専ジャージ(上・けいすけくん私物)と赤い釧路高専ジャージ(下・けいすけくん私物)を纏い、意識を高めているところ。Tシャツまで含めて、全身を赤・青・白のトリコロールでコーディネイトしていたことから、みんなからは「トリコ」と呼ばれていたという。ぼくは「けいすけファッション」だと思っています。

告知タイム

そんなこんなしている間に、小山開催の前日に開催されていた高専カンファレンス in 松江の「告知タイム」がやってきました。今回、すごいことに、松江と小山をビデオチャットで接続して告知する、という段取りでした。小山の開催準備が色々とあって、松江の配信はほんの少ししか閲覧できなかったのだけれど、やのしくんりちゃ兄さんのトークは見ることができました。だいぶ楽しかったです。

小山からビデオチャットで告知 by rch850, on Flickr
松江の会場に映し出される小山の実行委員の皆さん。「放送事故」と評されるほどに絶賛の嵐を浴び、とてもよい告知だったのではないでしょうか。

餃子パーティ

準備がほどほどに落ち着いたところで、栃木駅から宇都宮駅まで移動して、今夜は餃子パーティです。実行委員の間で「ここで食べよう」とお話していた場所は、行ってみると行列ができていて、とてもじゃないけれど入れそうもなかったので、その場にいた人たちに手伝ってもらって、別のお店を探しました。前日祭の準備が不十分でしたね… 参加者の皆さんをぐるぐると歩かせてしまって、すみませんでした。

それでもなんとかお店を確保し、着席してみると、ぼくのテーブルにはサトーさんるみちゃんソラちゃんがいました。るみちゃんとソラちゃんの組み合わせが意外とおもしろくて、ふたりのやりとりを見ながらニコニコしていました。会話の流れだけ追いかけていると、ふたりのお話はとても噛み合っているようには思えないのですが、とにもかくにもふたりが満足そうにしていたので、これはよいことだなぁと思って、ぼくも楽しかったです。

ソラちゃんをお見送りしたあとは、もう一度、実行委員で集まって「いよいよ明日ですね」なんて言葉を交わして、夜も遅くならないうちに解散しました。小山の実行委員のみんな、気合充分です。さらにそのあとは、ゆいかちゃんかわいさんしゅーへーさん、るーくちゃんと、女々しい感じ (カラオケ的な意味で) にしっとりとお話をしました。みんな、考えていることが真剣だし、行動も伴っていて、まずは個々に感心しました。それから「ここは自信がない」とか、お互いの間で不安を共有できる関係なんだな、ってことも分かって、いいチームだなって思いました。特にしゅーへーさんは、タイムラインを見て受ける印象がとても悪かったので、こうしてじっくりお話してみて、素敵な人だってことが分かって嬉しかったです。

ホテルにチェックインして、残りの作業を… と思いながらも寝落ち寸前。るーくちゃんが切ったシャッターの音で目が覚めます。明日も早起きだもんね。そろそろ寝よっか。

DSC01540 by RooandQoo, on Flickr

当日

P9250952 by sora_h, on Flickr
運営をがんばっている姿です。喉元を突きました。

いやー、はじまってしまったら、あっという間ですね!なんやかんや、運営をがんばっていたので、参加者目線で書けることはあまりありません。参加者の皆さんが撮ってくれた素敵な写真たちのお力を借りましょう。

「The談会」の会場その1。「座敷」 — 広げた模造紙の上に、お話したことを書き残してみたり、そこからさらにお話を広げたり。あとからきた班が、前の班のお話の内容を覗いてみたりできる仕掛けです。畳と机、お茶とお団子。いいですね。

IMG_3288 by earth2001y, on Flickr

「The談会」の会場その2。「サテライト」 — お題に対する回答をノートに書いてまわしていくスタイル。机の中心が抜けていて、模造紙を広げたりはできないので、ノートを順番にぐるっとまわす仕掛けにしました。

DSC01593 by RooandQoo, on Flickr

「The談会」の会場その3。「蔵」 — テーブルの上に伏せてあるカードをめくって、そのお題にそってお話を進めていくスタイル。お題カードを書いて足してくれた参加者さんもいました。

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蔵の上階から。

_IMG2939 by tochikuji, on Flickr
蔵の中は明かりを控え目にして、普段とは違った雰囲気でお話してもらえるような場を目指しました。

ひとつの会場にみんなで集まって「発表者」と「聴衆」に分かれて進行するのではなく、参加者全員でお互いにお話を交換するような催し。小山の実行委員のみんなが実現したかったこと、ちゃんと形になったように思います。最初、会場の下見に行ったとき、ぼくは「むつかしいなあ」と思ってしまっていて、会場の使い方をちょっと間違えると、移動が増えたりして、参加者さんに面倒ばかりを感じさせてしまうことになるんじゃないかって、心配していました。前日と当日、会場を歩いてまわりながら、気持ちを少しずつ会場に馴染ませていって、みんなであーだこーだとお話をして、きちんと着地点を見つけられたように思います。みんなと一緒の「開催づくり」が、とても楽しかったです。これが設計だ。

参加者の皆さん、とても協力的で、存分に「談」を盛り上げてくれました。ぼくも「蔵」の門番として皆さんのお話を聞かせてもらっていて、本当に楽しかったです。元気いっぱいな中高生が場に刺激を与えてくれたり、それを受け止める大人たちの姿があったり。高専生の、高専生による、高専生とそうじゃない人たちのためのイベントとして、よくまわっていたと思います。それから、ホスト校となった小山高専の関係者が多かったのも、とてもよかったと思います。小山の現役生たちが、卒業生のお話を嬉しそうに聞いている光景は、誰にも否定しようのない確かな価値を感じるものでした。

まとめ

高専カンファレンス in 小山、関わることができて、とても楽しかったです。小山の実行委員のみんながやりたいことを実現するために、雑務なんかをちょいちょい巻き取ることができました。いつからか、自分の認識できるスピードを大きく超えて開催を連発している高専カンファレンスですが、ぼくの中には「続いていること」があって、それを踏み締めて確認できたのも、よかったです。

「準備開始から1ヶ月で開催を実現しました」と言えば聞こえがよいけれど、やっぱり準備不足でトラブルを起こしたシーンもあるので、そこは、実行委員のふりかえり会でしっかりと受け止めて、得るものを得て、次に向かっていけるといいですね。

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あの場にいたすべての皆さん、楽しい時間をありがとうございました!