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「新春・高専カンファレンス2012 in 東京」に参加してきた

2012年1月14日(土)、15日(日)と、2日間に渡って開催された新春・高専カンファレンス2012 in 東京に参加してきました。今回、どんな気持ちで参加してきたかというと、だいたい以下の3種類にまとまります。

  • 参加者として、後輩たちがつくった開催を楽しもう
  • Lightning Talker として、しっかりと内容で勝負するトークをしよう
  • 当日スタッフとして、写真レポートをがんばろう

2012/01/14 高専カンファレンス 038Tokyo 1日目

これは、参加者として楽しんでいるところ。

強烈な「個」との出会い

参加者として会場での時間を過ごしてみると、印象に残るのは強烈な「個」の存在でした。今回の「ふるさと自慢コンテスト」で上位入賞した、長野の「おやきーず」の2人と、静岡の「あらなぎ団」の2人と出会えたことが、とても刺激的で、うれしかったです。20歳やそこらで、あの完成度のエンターテイメントを体現できるのだなぁと、とにかく感心してしまいました。「すごい人は、すごいのだなぁ」と乱暴な感想を持ちそうになったのだけれど、それぞれの後日談を読んでみて、結果に納得です。

「用意周到」という言葉がぴったりです。まず、コンテストの性質を理解しようとしている。次に、自分たちの手札を理解しようとしている。その次がおもしろくて「こうなったら負ける」を理解しようとしている。最後に「じゃあ、これでいこう」を固めて、あとは、イメージトレーニングあるのみって感じですね。4つのエントリ、読み応えがあって、読みものとして楽しかったです。

そもそも、4人とも後日談をきちんと文章にして公開している、ってのが、やっぱり。彼ら彼女らには、内側からあふれる「言いたいこと」「伝えたいこと」「成し遂げたいこと」があるのだなぁと感じました。その強い気持ちの体現が、エンターテイメントとしてぼくたち参加者に届く。

この流れの先にどう書けばいいのか、ちょっと迷うのが栃木の3人のチーム… あれはずるかった!練習では出せないおもしろさがあって、あれは、3人がこれまでに共にしてきた時間の賜物なのかなぁ、と、小山開催で3人とご一緒させてもらったぼくとしては、自分を納得させるしかないのでした。ある意味では、優勝は栃木だったと思います。

他にも、おもしろい人たちとの出会いはいくつもあったわけですが、今回は、長野・静岡・栃木のチームの人たちを強調して書きたかったので、そうします。

Lightning Talk

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Over The Rainbow というタイトルでトークしてきました。トークの機会をいただき、ありがとうございます!

トークの内容として伝えたかったことは「境界をこえた先には、いいことがあるよ」「だから、どんどん境界をこえて、どこにでも行ってしまいなさい」ぐらいのものです。ぼくがこのトークをできたのは「高専カンファレンス in 八戸」があったからです。当時のエントリに、こんなことを書きました。

上述の3人、八戸高専の5年生だ。彼らが卒業前にお互いを知ることができて、「同じ学校の同じ学年に面白いヤツがいた!」と思えたことは、かけがえのない価値であると信じている。そしてまた、この価値が生まれる場を創り、彼らを発表の舞台に誘った @Magistol くんも同級生なんだ。八戸、素晴らしいじゃないか!カンファレンスの運営メンバーとして、こんなに清々しい気持ちになれたことを嬉しく思い、お礼を言いたい。どうもありがとう。

高専カンファレンス in 八戸に参加してきた – 準二級.jp

「高専カンファレンス in 八戸」には、当時の5年生の発表者が3人いて、実行委員長も5年生で、彼らが「学科」という「境界」をこえて出会えたことは、本当に価値のあることだったと思います。あの場の素晴らしい光景を見せられて、ぼくは価値に気付かされてしまったし、現役時代に「学科」という括りに勝手な「境界」を感じてこえられずにいた自分のことを想ったりも、しました。

こうやって地方から東京にまでやってきて、高専カンファレンスの、いわゆる「東京開催」に参加する現役学生さんに対して、ぼくは頭が上がらない想いで、彼ら彼女らの目に世界がどんなふうに映っているのだろうって、よく不思議に思うのだけれど、実は、ふだん過ごしている学校の中とか、もっと身近なところにも「境界」はいっぱいあって、東京まで出てこなくても、見つけられるものはたくさんあると思いますよ。身の回りにある「この先に、いいことがありそう」という道標になっている「境界」を、どんどん見つけてほしいと思います。

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それと。トークのラスト10秒に「会場の皆さん、10秒以内に3人とハイタッチしましょう。よーいドン!」を差し込んだのは、もちろん「境界をこえよう」のエクササイズである、と説明した通りなのだけれど、もうひとつ、伝えたいことと、伝えたい相手がいました。009tokyo と 014tokyo の実行委員だったときに立ち上げた「コミュニケーションデザイン」というお仕事について、少し。

もし、ぼくのトークが2日目ではなくて、1日目の懇親会の手前にあったとしたら、あの「ハイタッチ」タイムは、懇親会で誰かと誰かがつながるきっかけとしてデザインするつもりでした。一案として考えていたのは「今日、ボーダーの服を着ている人には、気軽に話しかけてよいことにしましょう」といった具合です。Lightning Talk の発表者という立場からも、コミュニケーションはデザインできるし、逆に、コミュニケーションデザイン班に属しただけでは、コミュニケーションはデザインできない。もっと、コミュニケーションデザインについて、お話してみたかったなぁ、と、引退したおじさんは思ったのでした。余談すぎました。

まとめ

新春・高専カンファレンス2012 in 東京

参加してきました。トークしてきました。運営を、ほんの少しだけ、お手伝いさせてもらいました。色んな人たちの色んな個性に触れることができて、楽しかったです。なんだか「カンファレンス」というよりは「大きな学校祭」に参加してきた、そんな感覚です。楽しい学校祭でした。

しかし、変に 001tokyo から関わっていると、ときどき「ハッ、子離れできていない…!」と自覚してしまうタイミングがあって、恥ずかしいものですね。次の人たちが、自分とは違う想いでなにかを目指しているというのに、ついつい「自分なら、こう…!」を出してしまうときが、あります。恥ずかしい。

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スタッフの皆さんにおかれましては、お疲れさまでした!2日間という日程は、とても大変だったことでしょう。しっかりと乗り切って、素晴らしいことと感じます。楽しい体験をありがとうございました。ならびに、あの場にいたすべての皆さんにも、同じように、感謝を。どうもありがとうございました!

極小コミュニケーションと生活スタイルと人間ラヴのお話

どうも、じゅーんです!皆さん、マイクロコミュニケーション、楽しんでいますか!このエントリは「マイクロコミュニケーション」をテーマに書いてみます。2011年の後半は、ひとつひとつは小さいマイクロコミュニケーションが、だけれど無数に連なって大きなうねりとなっている、そんなふうに感じるシーンが何度かあったので、感覚を整理したいと思ったのです。

ここでいう「マイクロコミュニケーション」をどう位置付けるか

定義をなるべくパキッとさせておいた方が、以降のお話が楽しくなるはずなので、今回は思い切った定義を置いてしまいましょう。ここでは「マイクロコミュニケーション」を「文字入力を要せず2クリック(2タップ)以内の操作で完了するユーザ間のやりとり」と、してみます。具体的には、以下のようなものについて考えたくて、この定義を置いています。

  • はてなスター
  • Twitter の Favorite 及び ReTweet
  • Facebook の Like 及び Poke
  • Tumblr の Reblog 及び Like
  • Flickr の Favorite
  • Instagram の Like
  • Path の Facemarking 及び「足あと」 (どっちも、なんて呼んでいいかは、よく分かっていないので、勝手に)

ええと、呼称について、海外のサービスの場合は「そのサービスを英語表示にしているときのもの」を採用しています。ぼくの慣れているものに合わせて書いています。あとあと、「その定義なら、もっと別の言葉で呼んだ方がいいよ」という意見があれば、ぜひぜひ教えてください。

ライフスタイル

次いで、ライフスタイルのお話を、ちょっとさせてください。サンプルは自分「大和田純」です。

平日はだいたい、お仕事をしています。お仕事以外で誰かと会って交流する機会は、そんなに多くありません。だけれど、人と交流すること自体はとても好きで、いくつかの、いわゆる「ソーシャル系」のサービスを並行して愛用しています。マイクロコミュニケーション機能を、積極的に活用します。

時間の使い方が下手で、あんまり、まとまった時間を作って、人との交流に充てることができずにいるので、ちょっとした空き時間なんかにお手軽に交流を楽しめるマイクロなソーシャル系サービスに、救いを求めています。Twitter の Timeline や、Facebook の News Feed もそうですし、Tumblr の Dashboard も、時間のあるときに、好きなところから参加し、好きなところで離脱できるので、気楽で助かります。

自分みたいなライフスタイルとマイクロコミュニケーション

細切れの隙間時間で楽しめるマイクロコミュニケーション、楽なので、ついつい頼ってしまいます。「あの人とあの人と」「この日のこの時間に」「この場所で」「こんなことをして遊ぼう」なんて予定を立てることも、もちろんありますが、ちょくちょくというわけにはいかなくて。

では、ここで思考実験です。

  • [A] 1ヶ月に1日、予定を合わせて、その日は「朝から晩まで一緒にいて楽しい時間を過ごす!」と決めて過ごす相手
  • [B] 毎日、なんかしらの Tweet を定常的にお互いに1個以上は Favorite する相手

[A]と[B]の2種類の相手がいたと仮定して、1年後に、より親密になっているのは、どちらでしょうか。[A]の相手とは、12日分の楽しい思い出があることでしょう。[B]の相手とは、お互いに365個以上の Favorite した Tweet があることになります。

ぼくが2011年に思ったのは「ある相手のことを、毎日少しずつでも意識させられると、関係に無視できないレベルの影響があるなあ」ということでした。皆さんも、試しに想像してみてくださいな!

ヒューマンラヴ

マイクロコミュニケーションが、人と人の関係性に与える影響を考えてみるとなかなかおもしろくて、去年の12月当たりから、ちょっとずつ考察しています。というか、これまでにも「コミュニケーションがマイクロ化する流れ」はずっと感じていて、このブログでも、何度かその手のお話は書いています。関連しそうなものを、いくつか並べておきます。

それから、はるな様のあるいは画面越しの優しさについて – インターネットすやすやも、ぼくにとってはリアリティたっぷりで、今回のお話にも関係すると思うので、参照しておきます。

「そう、いろんなメディアが一気にかぶってくる感じ。電話はなんだか、許されなくない?なに今あなたわたしと電話しながらFacebook見てたの!?キーッ!って、相手によってはなりかねないじゃん」

あるいは画面越しの優しさについて – インターネットすやすや

Web を通じた… いや、もう2012年ですから、スマートフォンアプリのことを鑑みて、もっと広い言葉で表現するべきですね。情報技術を通じた、時空を超えるコミュニケーションの帯域はどんどん増し、流通するコミュニケーションはどんどんリッチになっています。ブログが世に出たばかりの頃は、学級の中で「もっとも声の大きい人たち」の居場所しかなかったサイバースペースにも、今では「声の大きい人たちの主張を聞いて上手にうなずいている人」の居場所も、じゅうぶんにあります。「うなずく」という行為によっても、居場所をつくることができるまでになりました。

そうして、それらの経路は、情報を流通させるだけでなく、人と人の関係性に大きな影響を与えるまでに、なってきたと感じます。たとえば、ぼくがほとんどアクセスしていないソーシャル系サービスをメインに楽しんでいる人たちとは、趣味が合うかどうか、なんてパラメータとは無関係に、疎遠になりがちです。このことから「どのソーシャル系サービスを使うか」という意思決定が「どの地に住むか」といったレベルの決定に近付いていると言えるでしょう。「趣味は合うけれど、遠くに住むようになって、疎遠になった」とまったく同じ形の現象だと思います。

現代の日本において「交通機関を利用する気は、まったくない」と頑なに決めている人とは、交流がむつかしいと思うのです。一緒に旅行に行ったり、お出かけしたり、できない。「交通インフラを利用する」という時代を受け入れる人とそうでない人との間に、境界ができてしまいます。この「交通インフラ」を「情報インフラ」に置き換えたときに何が言えるかは、想像に難くないでしょう。これは、手段がせいぜい「電話」か「メール」かくらいしかなかった頃とは、まったく状況が変わってきているのですよ。

人は、一度でも「楽」を知ってしまったら、大きくそっちに流れていく。そして戻ってくることはない。このまま「マイクロコミュニケーション」が加速する方向に人々が流れていったときに、人と人の関係はどのようにつくられていくのだろうなあ。そのときに、ぼくは、誰と、どんな人と、一緒にいることを、選ぶのだろうか。

…なんてことを、とりとめもなく、思いつく度に考えてきたのですが、「Path 2.0」の登場によって、ぼくから見える景色も大きく変わりはじめていて、色々と無視できない気持ちになって、このエントリを書くに至りました。

まとめ

女子力系ライターの方におかれましては、以上の内容をリバースエンジニアリングして「ソーシャル系草食男子の意識に潜り込む7の方法」ぐらいの記事を書いたらいいと思います!

すみません、ぜんぜんまとまっていません…!が、どこかのタイミングでは、このことについて真剣に考えなければならないタイミングがくるはず、と思って、現状の感覚を dump させてもらいました。このトピックに興味がある人は、ぜひぜひ話しかけてくださいね。お話しましょう。まずはマイクロなところから話しかけてもらえると助かります!なーんて!

〜未完〜

2012年もよろしくお願いいたします

2012年!あけまして、おめでとうございます。新年の最初のエントリを書いて、気持ちも前に進めたいと思います。ブログと一緒に年末を閉じて、ブログと一緒に年始を開くのは、リズムをつくる上で、とてもよいものです。

年末年始

初詣

やー。久しぶりに、ずいぶんとゆっくりとした時間を過ごしています。仕事納めは12月29日でした。

30日の日中は、ライフワークのひとつであるコミュニティ活動の一貫で、しばらくぶりに会う友人と、来年に向けての悪だくみのお話をして。せっかく、念願のスープカレーのお店に行ったのに、スプーンが完全に止まってしまうくらいに、お話に夢中になってしまったなあ。話したいこと・聞いてほしこと、いっぱいありました。ちょっこし、ためすぎてしまった感、あります。もっとコンスタントに吐き出した方が、きっと、いい。

30日の夜は、友人宅にお招きいただいて、もうすぐ生後7ヶ月になる娘さん(うちの妹ちゃんと同じ名前)をしっかり楽しませるという条件をごくごく飲んで、おいしい夕飯をもぐもぐ食べる、そんな嬉しい時間を過ごしました。みんな、それぞれの持ち場のお話をする。みんな、それぞれ悩んでいる。自分の頭で考えている。美しいなぁと思いました。頼もしいなぁと思いました。

31日は、これまたライフワークで、2011年の積み残しを一気に片付けるための時間を過ごしました。作業が一段落したところで「おいしいものを食べて1年を終えよう」と固く決意し、なにか、めでたい感じのものを食べました。とてもおいしくて、気持ちも前向きになって、おいしいごはんは大事だなぁ、と、あらためて。

写真は、大晦日の夜に食べた「2011」です。上手に並べることができた!と思っています。こういう、しょーもないノリに一生ついていきたい、という女性の方は、連絡をください。

2011

年が明けて。1月1日は、近所の神社に遊びに行ったり、お雑煮をつくって食べたり、お蕎麦を茹でて食べたり、火まわりと水まわりを掃除したり、年賀状っぽいものをつくったり、友達の夢に出演したり、本を読んだり絵を描いたり文字を書いたり歌を歌ったり写真を撮ったり笑ったりしながら、のんびり過ごしました。

2012年賀正

2012年のテーマ

ゆっくりのんびりと過ごしながらも、意識は、なんだかんだで、先のことを考えてしまいがちで。今年をどうやって生き抜いていったものか、と、考えを巡らせていました。

落ち着いて考える時間は、尊いですねえ。目の前の作業に終われていると、先のことを考えられなくなってしまう。目の前に積み上がった作業に視界を奪われると、作業の先にあるものに意識が及ばなくなってしまう。年末年始のこのタイミングで、少しゆっくりめに息を吸ったり吐いたりしながら、ちょっこし先のことまで含めて考える時間を持てて、本当によかった。

絵を描いている時間なんかも、まあ、遊んでいるといってしまえば、その通りなんですけれど、指だったり、手だったりに感じる刺激から、頭を運動させてあげる感じです。これからまた、黙っていたって慌しい日々は訪れるわけで、そのときに向けて、ウォーミングアップですね。頭をほぐしておいた方が、いい。柔くつくっておくと、色んな状況に対応できるはずです。遊び心を失ったら、たぶんぼくは死ぬ…!

2012年賀正

もう、紙の年賀状は書かなくなってしまったのですが、去年か一昨年くらいから、年賀状っぽいものをデジタルデータとしてつくりながら、その年のテーマを考えるようになりました。今年は、辰年ということでドラゴンの絵を色々と描こうとしたものの、なかなかうまくいかず、じゃあ文字で遊ぼうと考えて、紆余曲折の果てに「FLY」の3文字で「辰」の字を描いてみるに至りました。やってみると、横線が1本だけ足りなかったので、筆をヒュッヒュッと走らせて、龍っぽい線を描いて載せてみました。テーマは「Dragonfly」です。

このテーマ「Dragonfly」はトリプルミーニングなんですが、ここではふたつだけ紹介しましょう。

  • 昇龍 : 「これはぼくがやりました!」ときっぱり言えるような「成果」を出す2012年にしたい。北海道の実家にいる両親にも届けられるくらいの姿で。
  • 複眼 : トンボが持つ眼のように、視野を広く持ち、目の前のことも、少し先のことも、併せて見通せるようなお仕事のスタイルを自分のものにしたい。

厨二臭がぷんぷんします。28歳にもなって恥ずかしいです!だけれども、2012年のうちにきちんと現実のものにすれば、恥ずかしがらずに語れるように、なるはずです。

というわけで

本年も、どうぞよろしくお願いいたします!よし、がんばろう。

2011年をふりかえって

はい!今年も元気に大晦日を迎えることができました、じゅーんです!自分の中では恒例となっている、大晦日のふりかえり、今年もやっちゃいます。

2011年がはじまったときに考えていたこと

First morning

2011年1月1日の朝に撮った写真を見ながら、その日に書いたエントリを確認してみます。

2011年のテーマは「勝負」とします。今年は、公においても私においても、いくつか勝負を仕掛ける年にするつもりです。もともとの気質として、あまり「勝ち負けがはっきりした勝負事」を好まず、勝負を避けて道を選ぶところがあるのですが、今年は敢えて勝負に臨んでみようかな、と。これまでと違う年にしたい、という意味でも、今の自分にとってはいいテーマになると思います。

2011年もよろしくお願いいたします – 準二級.jp

そうですそうです、今年のテーマは「勝負」としていました。何度か訪れた節目のタイミングで思い出しては、意識するようにしていたのが「勝負」という2文字でした。じゃあ、大晦日を迎えた今日の感覚として、その勝負はどうだったのか。

ざっくりいうと、ギリギリながらも「勝った!」という感覚を持てています。やったー。今、正面から自分の気持ちと向き合ってみて、素直に「勝負に勝てた」と思えているのは、とても嬉しいです。ぜんぜん楽ではなかったし、余裕なんてまったくといっていいほど持てずにいたけれど、それでも「勝てた」という感触がある。このことは、2012年にしっかり持っていきたい、自分にとっての財産だと思います。

その勝負を通じて、どんな状態に至ったか。ほんの少し、自信がついたように感じています。今年の前半には予想もしていなかったのですが、今年は、自分の立つフィールドを変え、これまでとは異なる「新天地」での勝負がありました。そこで、曲がりなりにも成果を出すことができたし、少なくとも、今こうして心身ともに元気にしているし、決して最悪の状態ではありません。

あとは、そうですね。これを勝利と呼ぶのだとしても、感覚としては「1回戦を突破した」といったところです。年始に「勝って大きなものを手に入れる!」と目論んでいたときは、とにかく勝ちさえすれば、見張らしのいいところに登ることができて、そこで、気持ちのいい景色を眺めがら日々を過ごせるようになるだろう、なーんて考えていたのですが、実際は、そんなことはありませんでした。1回戦を勝ち抜くために全力を尽くしたあとに待っていたのは、続く2回戦です。「えっ、次はもっと強いところと戦うのか…!」と、気付いた瞬間は驚いたりもしましたが、まあ、これからも次々に強いやつを倒しながら、ひとつずつステップアップを続けていくしかないのだな、と納得するに至りました。

成長に果てはないのだなあ、と、気が遠くなることもありますが、ふと、いつだったか苦戦したような問題と久しぶりに向き合ってみると、ずいぶんとあっさり倒せてしまったりして、そんな折に自分の成長を実感しては、静かに喜ぶようにしています。「大いなる満足」なんて到底、手が届きそうにないけれど、小さな満足をひとつひとつ大事に拾い集めて、少しずつでも足を前に出し、前進を止めることなく20代を走り抜けたい気持ちです。

今年、感じたこと

これだけは忘れずに、と思うこと。

ひとりで自立してがんばれるようになろう、と思って、古巣を飛び出してみたり、するけれど。「ひとりで!」と意気込めば意気込むほど、ひとりではなんにもできないってことに気付かされて、「ひとりで!」と力を入れれば力を入れるほど、まわりの人たちに助けられて。大事な人たちに生かされているのだなぁと、何度も感じました。結局、今年も、色んな人たちから色んなものをもらい続けることになったのでした。

おかげさまで、今こうして、生きています。楽しく、生きています。今は、感謝の言葉を述べることしかできないので、そうさせてください。ありがとうございました!ちくしょい!感謝!

もう今年が終わってしまいそうなので、残りは、ひとつずつ詳細に書くことはできませんが、2011年に気になったこと・気が付いたことなんかを、メモ代わりにでも、ちょっこし並べておきたいと思います。

  • 所有欲の弱まりを思い切り感じた年だった
  • マイクロコミュニケーションと人の感情の変化について思うことがある
  • 「能力」と「技術」を区別して考えることの意味について
  • ボトムアップとトップダウンを融和させて次に向かいたい

ああーん、しっかり時間を確保して書きたかったトピック、いっぱいある!時間の使い方が下手ー!というわけで、書けるようになったら、エントリをあらためて書きます。

2011年に書いたエントリたち

このふりかえりエントリが、58個目のエントリになります。月に5個くらいのペースでは、書けていたのだな。ブログは、とても大事。これからも、素直に、丁寧に、自分の言葉を重ねていきたい。

こうしてみると。「つくりました!」系が、7つくらい。「発表・講演・トークしました!」系が、4つくらい。「企画・運営しました!」が、4つくらい。雑誌で連載する機会をいただけたのも、今年の嬉しかったことのひとつです。本当に光栄なことです。また、2011年の後半は「ものづくりを、ふつうに、しっかりやる」のために、あれこれと考えることが、増えてきました。2012年も、引き続き、手探りで前進を目指すことになりそうです。

まとめ

2011年、本当に色んなことがあって、今まで以上に、たくさんの人たちにお世話になりました。新しい環境での勝負がはじまったことで、見える世界が一気に広くなりました。まだまだ不慣れなことも多くて大変ですが、少しずつ成長を実感しながら、ひとつずつ「勝った!」と言えるように、なんとかがんばっています。

お世話になった皆さんには、とても感謝しています。来年も、どうぞよろしくお願いします。それでは、よいお年をー!

Kosen Advent Calendar 2011、編集後記

これは Kosen Advent Calendar 2011 の29日目のエントリです。12月29日を担当します。前回は @neo6120 さんの「高専とは何か、そしてまた私はいかにして高専に人生を狂わされるようになったか」でした!

…冗談はさておき。無事に25個のエントリが出揃った Kosen Advent Calendar 2011 の編集後記を書いてみようかな、というのが、このエントリの主旨です。いやいや、あの企画に編集作業なんてありませんでした。

題して「Kosen Advent Calendar 2011 に寄せて」です。企画者として、勝手に総括してみようかな、なんて。先に言っておくと、これは大和田純の個人の見解です。いつも通りね。

ぼくが欲しかったもの

写真は、ぼくの母校である釧路高専の情報工学科棟、3階の廊下。

情報工学科棟3F

この3年半くらいの間に、本当にたくさんの「高専の人」(現役生や卒業生はもちろん、高専に関わるすべての人) に会うことができて、その人たちひとりひとりの持っているエピソードが、とてもおもしろくて。もっともっと、高専にまつわるエピソードを聞いてみたいと思うようになりました。

去年、2010年12月に開催された kosenconf Advent Calendar : 2010 は、名前こそ「kosenconf」と冠してあるものの、様々な「高専エピソード」が綴られた、とてもおもしろい連載になったと思います。ぼくも、2010年12月7日を担当させてもらって「工業高等専門学校には研修旅行というものがあります」というエントリを書きました。「ぼくの通っていた高専には、修学旅行はなかったんだけれど、代わりに4年生のときに研修旅行ってのがあったよ」と書き始めて、そのときの、ぼくが19歳のときのエピソードを書きました。書いてみると、読んでくれた方から「うちは修学旅行だったよ」「うちは3年生のときに行ったよ」なんてコメントがあったりして、やっぱり色んな高専の色んなお話はおもしろいなぁと感じたのを覚えています。

あらためて去年の25エントリを読み返してみると、「学校の施設」「校歌」「学校の Web サイト」「実験・演習」「部活動・課外活動」「学校のチャイム」「学科」「委員会」「学生会」「文化祭」と、実に幅広い「うちの高専には、こんなものがあるんだよー」が輝いています。

25人からお話を聞けただけでこんなに楽しかったのだから、もっと他の人たちのお話も聞いてみたい。そうして、2011年も、高専をテーマにした Advent Calendar を企画しようと考えました。これは、自分がすでに卒業してしまった「高専」に対する哀愁であり、もっと言えば「学校という空間」「10代後半という時間」に対する哀愁でもあるのだと思います。失ったものに、憧れてしまっているのだと思います。

蓋をあけてみると

うん、高専カンファレンスの話題が多かった!参加してくれた皆さんも「高専生」というより「高専カンファレンス生」が多かったように思います。

これを偶然と捉えるのは乱暴で、というのも、

  • 企画者が、高専カンファレンスの中の人
  • 「こんな企画をやります」の周知を、高専カンファレンスのチャンネルで行っている

なんて要因はあって、無視できるものではないでしょう。

そんな中でも、「うちの高専には」とか「私と、高専」という論調で書かれたエントリは、あって。ぼくが読みたいと願っていたものを読むことができて、ハッピーでした。うむうむ。企画して、よかったです。こうしてみると、ぼくは「ここでしか読めないお話」に強く惹かれるようです。さて、特に強く印象に残っているエントリを、引用とともに紹介したいと思います。

うちのクラスにはTwitterをやっている人が20人くらいいるのですが、高専生とかかわろうとする人がわたしぐらいで、もったいないな~と感じることも…文系学科の高専生なんて珍しい?んだからもっと新しい世界覗いてみようよ!

あたらしいせかい-Kosen Advent Calendar – A’s Blog

ひとつめ。現役2年生の「文系学科」の @mhi_ihm さんのエントリ。前のめりなエネルギーが伝わってきて、何度も読んでしまいました。一人称の「わたし」の使い方が力強くて、エネルギッシュですね!

次に、苦労したこと。
文系は「コミュニケーション能力がある」ことが前提なんだなと入ってから気付かされました。
意見言えてナンボ、話せてナンボな世界。いくら筆記試験で成績が良くても、話せないと…な世界です。
プレゼンテーションをする機会が非常に多く、重度のあがり症な私は大変苦労しました。
そして、クラス42人中36人が女子という特殊な環境故か、
女子同士の人間関係もなかなか難しいものでした。
「男になりたい…」がtwitterの定期postになるぐらいに。

С.П.  反面教師として

ふたつめ。飛燕さんのエントリ。楽しいことだけじゃなくて、苦労したことについても書かれていて、とても勇気のあるエントリだと感じました。それから、その苦労とどう向き合っていったかも語られていて、このエントリに救われる他の現役生もいるのではないでしょうか。今回の企画が、こういった、日常の中ではなかなか言いにくいことを出せる場所になれたとしたら、とても嬉しく思います。

だから僕は、先月あたりから学内勉強会を始めました。僕が情報系しか扱うことができなかったので、情報分野に限った学内勉強会です。小さいものでしたが、友人の強力な手助けもあって、なんとか頑張って開催することができました。

高専に行こうか迷って高専に行かなかった人と高専について – 半空洞男女関係

みっつめ。高校2年生の @mactkg さんのエントリ。そもそもですね、高専生ではない彼が「参加できますか」と、この Advent Calendar の門を叩きにきてくれること自体が、とても嬉しかった!そして、そんな彼が、高専カンファレンスからなにかを持ち帰って、彼の通う学校で学内勉強会を開催するに至った、と。さらに、彼は今、高専カンファレンスの運営にも関わっていて、ちょっとしたキッカケで人生は (いい意味で) 狂っていくのだなぁと、あらためて気付かされるエントリでした。

在学中に自分を見つめ直す材料がたりませんよ。
他の道を選ぶのはとてもいいことだけどなかなか判断できないし許容されていないよね。
在学中に言われるエンジニアって何さ。
いい標本が高専カンファレンスにたくさんいるよ。
その標本を現役学生の前に晒してエンジニアという職業にリアリティを持たせて、学生の将来に向けての判断材料にしてみませんか?
現役学生に向けてもっと高専カンファレンスの財産を還元しましょう。

高専カンファレンスに来ないような人達に思う – ryopekoの日記

よっつめ。今回の参加者の中で、もっともぼくと近い視点を持っていたのは @ryopeko さんでした。一般には「りょぺこワイフの旦那さん」と言った方が伝わるかもしれません。

このエントリは、ryopeko さんの「決意表明」と、その手前にある「問題提起」として読みました。内容には、強く共感しました。引用中にもある「在学中に言われるエンジニアって何さ」には、大きく頷いてしまうほどで、自分も就職を目前に控えたときに書いた「卒業です」というエントリで、高専の入学式のときに言われた「立派なエンジニア」にまったくピンとこなかった、という旨を記しています。

ryopeko さんと (エントリを通じて) 会話していて、思ったこと。在学中のぼくらは「気付く前の人」だったんだろうなあ、ということ。今回、この企画に乗っかって「高専カンファレンスっていうのはさ!」と元気に書いてくれた現役生たちは、きっと「気付いている人」と呼べるのだろう。そんな (ぼくから見て) うらやましい彼ら彼女らの目には、多少なりとも、エンジニアと呼ばれる人たちの姿が、今の自分から続く将来の自分の姿が、リアリティとともに写るんじゃないかな。ここは少し、希望と願望も含むのだけれど、Kosen Advent Calendar 2011 に並べられた25個のエントリたちは、その気配を感じるには、充分すぎるくらいに、充分でした。そして ryopeko さんは、ひとりでも多くの「気付く前の人」を「気付いている人」に!と叫びたかったのだと捉えました。

…ええと、おまけ。いつつめ。実はこの文章は「12月25日のエントリ」が出てくる前に書き上げていて。大トリの25日に「さっきまでクリスマスデートだったから、ぜんぜん書く時間なかったわー」みたいなエントリが出てきたら「二度と出てけー!」と怒鳴っていてもおかしくない状況でしたが、マジで熱いエントリが登場したので、この節を書き足しています。

実は、割と最近まで「高専サイコーフッフー」みたいな考えを持っていたけれど、それは全然本質をわかってないな、とある時気付きました。 高専生同士だけでつるんでいては、「高専の強み」が全く意味を成さない。高専生がいないところでこそ「高専の強み」がいかんなく発揮されるわけだし、高専生がいないところで勝負してこそ「高専サイコーフッフー」って言えるんじゃないか、と考え至ったわけです。

I am Electrical machine: 高専とは何か、そしてまた私はいかにして高専に人生を狂わされるようになったか

福井高専の5年生、卒業を目前に控えた @neo6120 さんのエントリです。最初に出会ったとき、彼は3年生だったかな。当時は「大丈夫かこの子…」と思っていたものの、気付けば立派な5年生になり、今では「大丈夫かこの子……」と思うに至りました。きっと彼はぜんぜん大丈夫じゃなくて、やっぱり、在学中のぼくと比べてみると、圧倒的に「気付いている人」なんだと、エントリを最初から最後まで一気読みしてみて、思います。はい。

(こうしていくつかピックアップしてみると、北陸が熱いなあ!)

この現状を、どう捉えるか

長くなってきたので、ちょっとだけ、整理しましょう。写真は、ぼくの母校ではなく、札幌高専の閉校直前の文化祭で撮った写真です。

札幌高専 学校祭

ぼくが今回の企画をやろうと思ったのは「全国の高専や、そのまわりにあるもののエピソードを、もっと聞いてみたい」と思ったからでした。実際にやってみると「高専のエピソード」も聞けたけれど、それよりも「高専カンファレンスのお話」が多いように感じました。ぼく個人の感覚からすると「うん、高専カンファレンスのお話は、よく知っているよ」なんだけれど、それでも、多くの人が、高専カンファレンスについて、書いてくれる。ここから、加えて ryopeko さんのエントリから、感じ取るべきことは、なんだろうか。

じゃあ、現役生が元気に書いてくれている「高専カンファレンスってのがあってね!こんな人がいてね!こんなことが起こってね!」ってのは、誰に向けて書かれているのだろう。誰に向けてのメッセージなのだろう。誰の顔を思い浮かべて書かれているのだろう。

もしかしたら、それぞれの参加者の皆さんが「この人にも気付いてほしい!」と思う、身近な誰かなのかもしれませんね。自分が感じた「楽しかったこと」「おもしろかったもの」を、自分の身の回りの人たちと、もっと共有したいのかもな、と思いました。

現役生は、高専の中にいながら、高専の中にいる人たちをもっと巻き込もうとしている。ryopeko さんは、高専の外から、高専の中にいる人たちにもっと何かを伝えようとしている。つまり、挟み撃ちの形になるな。

だとすると、次のフォーメーションが、なんとなく見えてきた気がしますよ。

To Be Continued…

「Kosen Advent Calendar 2011 の29日目のエントリ」と称して「Kosen Advent Calendar 2011、編集後記」を書きます、と銘打って、Kosen Advent Calendar 2011 を通じて自分が感じたことを、勝手に書きました。25個、すべてのエントリに目を通しました。25個、楽しく読みました。企画できて、本当によかったです。ご参加いただいた皆さん、どうもありがとうございました!来年もやりたいですね!

Kosen Advent Calendar 2011 : ATND

25個のエントリが成す「全体のカタチ」は、今後の高専カンファレンスが向かうべき (とぼく個人が考える) ひとつの方針を示してくれています。宿題をひとつ、受け取った感じ。というわけで。

続きは「新春・高専カンファレンス2012 in 東京」で。産業技術高専荒川キャンパスで、ぼくと握手してステッカーをゲット!

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