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Entries in category "Thinking"

「モチベーション3.0」を読んだ

モチベーション3.0を読みました。自分の中で少し整理できたことがあるので、書き留めておきます。

ダニエル・ピンクさんと大前研一さんのタッグといえばハイ・コンセプトを思い出します。これを読んだのは、たしか修士2年のときですから、4年くらい前ですかね。当時、読んでいる文章がスラスラとは頭に入っていかなくて苦労した覚えもあります。一方、今回のモチベーション3.0は、すいすいと読み進めることができました。この差異は、扱っているトピックの違いがもたらすのか、この4年くらいの自分の変化がもたらすのか、そこは気になっています。

モチベーション3.0

ところで、ダニエル・ピンクさんの本を「ピンク本」と呼ぶの、あんまりよくないと思います。

どうして手にとったか

友人たちと「ものづくり」についてお話しているときに、この本の名前が挙がって、それで、興味を持ってポチッとしました。そのときは「お仕事でつくるもの」と「個人の衝動からつくるもの」の違いとか、そういうお話 (アルコールも入っていたので詳細は覚えていない…) をしていて、もともと強い興味を持っているトピックです。

たとえば Amazon.co.jp では、この本は「投資・金融・会社経営」のカテゴリに分類されているみたいですが、ぼくの興味の中心は少なくとも「会社経営」にはなくて、あるのは「いかにして自分のモチベーションを発見するか、維持するか」といった、自分自身のより楽しい日々への興味です。もうちょっとだけいうと、自分のひとまわり外側にいる親しい仲間たちとか、一緒のプロジェクトのメンバーとか、彼らのモチベーションを「引き出す」って言っちゃうとアレですけれど、せっかく一緒の時間を過ごす人たちには楽しい時間を過ごしてほしいので、どうやったらそういった時間を過ごせるようになるのか、興味があります。願わくば、まわりの人たちを意気消沈させるよりは、接した人たちのテンションを上げられるような存在でありたいのです。

…というわけで、ここから先は精神論的なスピリチュアルなお話が続きますので、そういったお話はけっこうです、という人は、下記に「もっと手を動かそうぜ!!!」的なリンクを置いておきますので、ぜひそちらに行ってみてください。

エンジニア向け「第3回 開発コンテスト24」開催 | クックパッド株式会社

自分のモチベーションのこと

この本を読んでみて、はっきりとわかりました。もともとわかっていたことなのかもしれませんが、この本に後押ししてもらったような感覚があるので、強い語調で言うことができます。

ぼくは「自分以外の誰かから与えられた目標」に向かって進むのは、苦手です。自分がどこに行くかは、自分で決めたいと思っています。運転席に座っていなきゃいけないけれど、ハンドルを操作することはできない──そんな状況は避けたい。そのような状況を想像すると、気持ちがずっしりと重くなるのを感じます。そのような状況を1年も2年も続けたら、自分が生まれながらに持っているはずの、人間が生まれながらに持っているはずの「ナニカ」が致命的に失われてしまう気がして、想像するだけで恐怖を感じます。

モチベーションの喪失は、パフォーマンスの低下を招くでしょう。パフォーマンスが低下すれば、成長が鈍るでしょう。パフォーマンスを出し切らないと、今を生き延びることができない。成長が鈍っているようだと、未来を生き延びることができない。たとえば「今から3年間」というスパンを考えたときに、ずっしりと重たい気持ちで成長を実感できずに過ごす3年間と、前向きな気持ちで成長の手応えとともに過ごす3年間を、比べてみます。絶対に前者であってはいけない。どうにかして後者の状態を維持しなければ、ぼくが大事にしたい「楽しい日々」から遠去かってしまう。

だから、せめて自分にとっての「最高のパフォーマンス」で日々を過ごせるように、それが叶うような環境を手に入れるために四苦八苦しています。どのような職に就くか、どのようなプロジェクトに関わるか、どのような人たちと一緒の時間を過ごすか、どのような場所に身を置くか… などなど、自分にあった「5W1H」を探して、シンクロ率を1%でも高めるために試行錯誤しています。今のところは「自分がしっかりとハンドルを握っていられるように、なるべく小さいチームに身を置く」などを重視しています。

最高のパフォーマンスを出せる状態のことを、本の中では「フローの状態」と呼んでいます。プロゴルファーの石川遼選手のエピソードの中では「ゾーン」と呼んだりもしていました。日々の活動の中で「フローの状態」を安定して維持できるようになれば、楽しい日々を守れるのではないか、と考えています。だとすると、スポーツ選手や芸術家、ミュージシャンたちの姿勢から学ぶべきことは多そうです。

三日目:班毎のミーティング中の踊るjune29

写真は、たぶん「フローの状態」に陥っているときの自分です。

これまでの経験から

本書の中では、モチベーションに関する様々な「実験」の結果と考察がきれいにまとまっています。豊富な事例の中で繰り返し強調される「こういう状況では、モチベーションが上がる」と語られる内容は、自分の直近5年くらいの「とても楽しかった経験」を取り巻いていた状況とほとんど一致していて、それで、自分にとっては読みやすかったのだと思います。

そんな「とても楽しかった経験」のことは、だいたいいつもテンション高めにこのブログにも書いているわけですが、中でもひとつだけ例を挙げるとすれば、2011年4月にクックパッドさんが開催してくださったエンジニア向け「第2回 開発コンテスト24」に参加したときのことを選びたいです。参加後に自分が書いたエントリは半径3メートル以内の世界でもっともっとひっついてたくて「1/2」をつくりましたになります。

このとき、誰に命令されるでもなく、自分のやりたいように、自分たちのやりたいように「ワイワイと作業」していました。とても楽しい時間が流れていたこと、今でも思い出せます。高度に発達した「悪ふざけ」は「フローの状態」と見分けがつかない。自分の奥底からチカラが引き出されていくような感覚があって。関わっていられること自体に感謝したくなるような。そして「またやりたい!」と思っているので、モチベーションは「消費」されるどころか「噴出」してきているのですよね。すごい。こういった時間をひとつひとつ大切にしていけたら、自分はもっともっと加速できるんじゃないかって思わせてくれます。

そういえば、今年もクックパッドさんが開発コンテスト24を開催されるようですから、興味のある人は参加してみるとよいと思います!

エンジニア向け「第3回 開発コンテスト24」開催 | クックパッド株式会社

まとめ

「モチベーション3.0」を読みました。本書がメインのターゲットとしているっぽい「経営者」や「チームのマネージャー」といった立場ではなく「もっともっとモチベーションを溢れさせながら前進したい!」と日々の中で願っているひとりのプレイヤーとして読みました。本書に書かれている内容と、自分の過去の「楽しかった体験」を並べて比べてみて、今後も楽しい日々を継続させていくためのヒントをつかめた気がして、うれしいです。「こういう環境に身を置いたら負けるだろうな」「こういう環境をもっとつくっていきたいな」と思うものが、いくつか見つかっています。

みなさんの「モチベーションが溢れる状況はこんなのだよ!」というものがあれば、ぜひぜひ教えてくださいな!

極小コミュニケーションと生活スタイルと人間ラヴのお話

どうも、じゅーんです!皆さん、マイクロコミュニケーション、楽しんでいますか!このエントリは「マイクロコミュニケーション」をテーマに書いてみます。2011年の後半は、ひとつひとつは小さいマイクロコミュニケーションが、だけれど無数に連なって大きなうねりとなっている、そんなふうに感じるシーンが何度かあったので、感覚を整理したいと思ったのです。

ここでいう「マイクロコミュニケーション」をどう位置付けるか

定義をなるべくパキッとさせておいた方が、以降のお話が楽しくなるはずなので、今回は思い切った定義を置いてしまいましょう。ここでは「マイクロコミュニケーション」を「文字入力を要せず2クリック(2タップ)以内の操作で完了するユーザ間のやりとり」と、してみます。具体的には、以下のようなものについて考えたくて、この定義を置いています。

  • はてなスター
  • Twitter の Favorite 及び ReTweet
  • Facebook の Like 及び Poke
  • Tumblr の Reblog 及び Like
  • Flickr の Favorite
  • Instagram の Like
  • Path の Facemarking 及び「足あと」 (どっちも、なんて呼んでいいかは、よく分かっていないので、勝手に)

ええと、呼称について、海外のサービスの場合は「そのサービスを英語表示にしているときのもの」を採用しています。ぼくの慣れているものに合わせて書いています。あとあと、「その定義なら、もっと別の言葉で呼んだ方がいいよ」という意見があれば、ぜひぜひ教えてください。

ライフスタイル

次いで、ライフスタイルのお話を、ちょっとさせてください。サンプルは自分「大和田純」です。

平日はだいたい、お仕事をしています。お仕事以外で誰かと会って交流する機会は、そんなに多くありません。だけれど、人と交流すること自体はとても好きで、いくつかの、いわゆる「ソーシャル系」のサービスを並行して愛用しています。マイクロコミュニケーション機能を、積極的に活用します。

時間の使い方が下手で、あんまり、まとまった時間を作って、人との交流に充てることができずにいるので、ちょっとした空き時間なんかにお手軽に交流を楽しめるマイクロなソーシャル系サービスに、救いを求めています。Twitter の Timeline や、Facebook の News Feed もそうですし、Tumblr の Dashboard も、時間のあるときに、好きなところから参加し、好きなところで離脱できるので、気楽で助かります。

自分みたいなライフスタイルとマイクロコミュニケーション

細切れの隙間時間で楽しめるマイクロコミュニケーション、楽なので、ついつい頼ってしまいます。「あの人とあの人と」「この日のこの時間に」「この場所で」「こんなことをして遊ぼう」なんて予定を立てることも、もちろんありますが、ちょくちょくというわけにはいかなくて。

では、ここで思考実験です。

  • [A] 1ヶ月に1日、予定を合わせて、その日は「朝から晩まで一緒にいて楽しい時間を過ごす!」と決めて過ごす相手
  • [B] 毎日、なんかしらの Tweet を定常的にお互いに1個以上は Favorite する相手

[A]と[B]の2種類の相手がいたと仮定して、1年後に、より親密になっているのは、どちらでしょうか。[A]の相手とは、12日分の楽しい思い出があることでしょう。[B]の相手とは、お互いに365個以上の Favorite した Tweet があることになります。

ぼくが2011年に思ったのは「ある相手のことを、毎日少しずつでも意識させられると、関係に無視できないレベルの影響があるなあ」ということでした。皆さんも、試しに想像してみてくださいな!

ヒューマンラヴ

マイクロコミュニケーションが、人と人の関係性に与える影響を考えてみるとなかなかおもしろくて、去年の12月当たりから、ちょっとずつ考察しています。というか、これまでにも「コミュニケーションがマイクロ化する流れ」はずっと感じていて、このブログでも、何度かその手のお話は書いています。関連しそうなものを、いくつか並べておきます。

それから、はるな様のあるいは画面越しの優しさについて – インターネットすやすやも、ぼくにとってはリアリティたっぷりで、今回のお話にも関係すると思うので、参照しておきます。

「そう、いろんなメディアが一気にかぶってくる感じ。電話はなんだか、許されなくない?なに今あなたわたしと電話しながらFacebook見てたの!?キーッ!って、相手によってはなりかねないじゃん」

あるいは画面越しの優しさについて – インターネットすやすや

Web を通じた… いや、もう2012年ですから、スマートフォンアプリのことを鑑みて、もっと広い言葉で表現するべきですね。情報技術を通じた、時空を超えるコミュニケーションの帯域はどんどん増し、流通するコミュニケーションはどんどんリッチになっています。ブログが世に出たばかりの頃は、学級の中で「もっとも声の大きい人たち」の居場所しかなかったサイバースペースにも、今では「声の大きい人たちの主張を聞いて上手にうなずいている人」の居場所も、じゅうぶんにあります。「うなずく」という行為によっても、居場所をつくることができるまでになりました。

そうして、それらの経路は、情報を流通させるだけでなく、人と人の関係性に大きな影響を与えるまでに、なってきたと感じます。たとえば、ぼくがほとんどアクセスしていないソーシャル系サービスをメインに楽しんでいる人たちとは、趣味が合うかどうか、なんてパラメータとは無関係に、疎遠になりがちです。このことから「どのソーシャル系サービスを使うか」という意思決定が「どの地に住むか」といったレベルの決定に近付いていると言えるでしょう。「趣味は合うけれど、遠くに住むようになって、疎遠になった」とまったく同じ形の現象だと思います。

現代の日本において「交通機関を利用する気は、まったくない」と頑なに決めている人とは、交流がむつかしいと思うのです。一緒に旅行に行ったり、お出かけしたり、できない。「交通インフラを利用する」という時代を受け入れる人とそうでない人との間に、境界ができてしまいます。この「交通インフラ」を「情報インフラ」に置き換えたときに何が言えるかは、想像に難くないでしょう。これは、手段がせいぜい「電話」か「メール」かくらいしかなかった頃とは、まったく状況が変わってきているのですよ。

人は、一度でも「楽」を知ってしまったら、大きくそっちに流れていく。そして戻ってくることはない。このまま「マイクロコミュニケーション」が加速する方向に人々が流れていったときに、人と人の関係はどのようにつくられていくのだろうなあ。そのときに、ぼくは、誰と、どんな人と、一緒にいることを、選ぶのだろうか。

…なんてことを、とりとめもなく、思いつく度に考えてきたのですが、「Path 2.0」の登場によって、ぼくから見える景色も大きく変わりはじめていて、色々と無視できない気持ちになって、このエントリを書くに至りました。

まとめ

女子力系ライターの方におかれましては、以上の内容をリバースエンジニアリングして「ソーシャル系草食男子の意識に潜り込む7の方法」ぐらいの記事を書いたらいいと思います!

すみません、ぜんぜんまとまっていません…!が、どこかのタイミングでは、このことについて真剣に考えなければならないタイミングがくるはず、と思って、現状の感覚を dump させてもらいました。このトピックに興味がある人は、ぜひぜひ話しかけてくださいね。お話しましょう。まずはマイクロなところから話しかけてもらえると助かります!なーんて!

〜未完〜

「関西Ruby会議04」でトークしてきました

ブロギングがすっかり遅くなってしまいましたが…!

2011年11月11日、12日と2日間に渡って開催された関西Ruby会議04の、2日目に参加してきました。身体の空き具合が足りなくて、1日目と、2日目の午前は参加できませんでした…残念!とてもよいトークがあったとのことで、聞けたらよかったなぁと、悶々としてしまいます。

Rubyから教わったものづくり

というタイトルでトークさせてもらいました。なんというか、今、まさに創業期を過ごしている自分の、近況報告そのものになりました。じっくりとこちらを見て聴いてくださった皆さん、ありがとうございました!トーク中、色んな人たちと目が合ったように思います。また、トーク終了後の会場や、懇親会なんかで、色々と話しかけてくださった皆さん、ありがとうございました!ぼくも、新たな宿題を見つけることができました。

ふつうのプログラマの生きていく道

このトークの出発点は「どうやら、プログラマとして、自分は、特に突出した能力を持たないようだ」と気付くところに、あります。そんな自己認識の中で、いかに楽しく、プログラマとしての日々を生きていくのか。10月に、スタートアップに身を移した自分の、考えたこと、行ったこと、大事にしていること、失いたくないこと、なんかを中心にお話させてもらいました。

スタートアップの会社で「プログラマ、自分だけなんですよ」なんてお話すると「おっ、じゃあ CTO ですか!」なんてお言葉をいただくこともあるのですが、やあやあ、とても、自分に似合っている役職とは思えないなあ。この時代の、このタイミングだったから、自分はこの船に飛び乗ろうと決意することができた。様々な恩恵とタイミングに支えられた船出だったと思います。

やっぱり、Ruby on Rails ってのは、すごくて、Rails 以前に require “cgi” しながら Web アプリケーションをつくって動かしていた頃を思い出すと、とてもじゃないけれど、これから動き出す事業の営みを支えるアプリケーションの開発を自分ひとりで担当しようなんて、思えなかったはずです。

そうして、いわば「ゆとりの世代」として、Rails があれば Web アプリケーションの開発はなんとなくこなせてしまう自分は、その「ゆとり」の時間をどう活用して、活路を見出すのか。そんなお話を軸に、自分の中でのテーマを「Stage of the ground」として、楽しくトークさせてもらいました。

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お礼

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この度、素敵な場にお招きいただき、また、トークの機会をいただき、ありがとうございました!関西Ruby会議04の実行委員の皆さん、場の運営や、発表者のケアなど、お疲れさまでした!おかげさまで、気持ちよくトークすることができました。

また、あの時間をご一緒させていただいたすべての皆さん、どうもありがとうございました!次の近況報告のときにも、胸を張って自分の日々を話せるように、これからも過ごしていきたいと思います。

デザイン思考について今のぼくが思うこと

デザイン思考が世界を変えるを楽しく読んでいます。Tim Brown 先生の教えに耳を傾ける。

発表資料作成におけるデザイン思考

ちょっとした、思考の訓練をしてみましょう。

「発表資料をデザインする」と聞いたとき、どんな作業を思い浮かべるでしょうか。もしかしたら、文字の色やサイズ、プレゼンテーション作成アプリのテーマのどれを選ぶか、どんな画像を使うか、なんてことを想像する場合が多いのではないでしょうか。

最近は、発表の最中に「Twitter のアカウント名は @hogehoge です」と言っているのをよく見かけるので、じゃあ、ここで考えてみましょう。あなたが、あなたの発表資料の中で、たった一度だけ Twitter のアカウント名を表示して紹介できるとしたら、発表のどの部分に入れるでしょうか。

発表の冒頭で言いますか。発表の途中の、なにかのお話の流れの中で言いますか。発表の最後に「誰々が発表しました」という形で言いますか。

この、ちょっとずつの選択の違いによって、聴衆側のアクションが、ちょっとずつ違ってくるはずです。あなたの選択のカタチは、あなたが望むことのカタチに近づけていますか。

思考停止しないこと

こう考えてみると、デザイン思考というのは、とことん「思考停止しないこと」なんじゃないかなぁと思いました。「みんながそうしているから」とか「そう教わったから」というのではなく、とことん「Why」を考えることなのだと思います。

ただ、すべてについてこれをやろうとすると、1日があっという間に終わってしまいます。まずは少しずつ、身のまわりのなにかを見つけては「これって、なんでこういうカタチになっているんだろう」と考えるようにしてみると、自分がなにかを作るときにも、発想を柔らかくできるのではないかと思います。

そんなふうに「モノのカタチ」について考える練習をしようと思ってみたときに、種子のデザインは、とてもおもしろい絵本でした。色んな植物の種のカタチと、そのエピソードを読みながら「へぇ、こういうカタチになっていると、こういうことが起こるのか!」と楽しみながら読むことができます。

種子のデザイン

チームづくりとチームの規模について今のぼくが思うこと

チームづくりとは、誰かをそこにつれてくることじゃなくて、今そこにいる人たちでどんな楽しいことができるか、って、今そこにいる人たち全員で考えることだと思います。

考えなしに「人を増やす」行為は、チームをつくるどころか、チームを破綻させる危険性すら有していると言えます。

うちのチームは大きいんだ、お前は簡単に「全員で」なんて言ってくれちゃうけれど、そんなの、むつかしいよ。と感じるのなら、あなたが感じる「この人数なら、全員でやれるかも」の人数が、あなたがチームをチームの姿として保てる、許容人数なのだと思います。

たぶん、ぼくのチームに対する「円」の直径は「3~5人」くらいです。もし、何かのきっかけで集まった人々がいて、たまたまそこで、ぼくが、年齢によってか、経験したプロジェクトによってか、最もパワーがあるかのように見えてしまうシチュエーションがあって、リーダー的なものを担当することになったとして、ぼくが「がんばります」とちゃんと言えるのは、この円の範囲をはみ出していないときだけ、です。そうじゃなければ断るか、別の形に変えてから、引き受けます。

ここまでの主張がそこそこ当たっていたとして、じゃあ、もうすでに大きくなってしまっているチームは、目をつむって崩壊を待つしかないのでしょうか。いえいえ、不安に気づけたのなら、そこからが勝負でしょう。不安と出会えたなら手をつなごう。

むつかしい問題に真っ向から挑んで撃破できるのは、一部の恵まれた人たちだけです。ぼくたち凡人は、むつかしい問題を、簡単な問題に捉え直して戦うべきです。ニンジンは食べられないって?そいじゃあ、すりおろしてハンバーグに混ぜておくね。このあいだ食べたとき、おいしかったもんね。

大きなチームは、いくつかの小さなチームに分割しましょう。みんなが「あっ、このチームなら、自分も声を出しやすいな」と感じられるサイズを探しましょう。つまり、リストラクチャリング、Re:structuring、再構成。とても前向きな考え方なのに、カタカナ4文字で「リストラ」と書かれると「個人の首切り」だけに読めてしまうのだから、悲しい定着です。よいものを悪いように定着させてもぜんぜん得をしないので、よい子のみんなは、好きなもののこと、好きな人のこと、しっかり「好き!」って言おうね。

そうして小さなチームがいくつか生まれたとき、それらをどう連携させるかは、また別のお話です。今回は言及しないことにします。

さあ、あなたは、どんな「楽しいチーム」をつくる?

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Photo by koichiroo