カテゴリ「Web」のエントリ

foursquareで遊びながらここ数年のソーシャルなんちゃらを想う

foursquare を利用する日本人ユーザが急速に増えている。きっかけは2010年1月18日の、このエントリでしょう。

Twitterの次はこれじゃね?今一番イケてる(と僕が思っている)『foursquare』について調べてみた - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ

ボクは例によって「とりあえずアカウントだけ取得した」状態だった。確か TechCrunch Japan の「位置情報サービスってなにそれおいしいの?」に答えてみるを読んで foursquare に登録したのだったと思う。

foursquare

「自分のまわりにユーザがいないと何も楽しめない」のは「他のユーザを友達登録して遊ぶ」ソーシャルなんちゃらの常で、しばらく放置していた。そして、この数週間の大流行だ。一気に foursquare 上での Friend が増えて、見える景色もずいぶんと変わった。

よくある「ソーシャルなんちゃら」の特徴を持ち、誰もが難なく思い付く「モバイル端末からの位置情報ポスト」ができ、かつ「ゲームっぽい」要素が散りばめられた foursquare に触れていると、ここ数年に体験してきたソーシャル系アプリのことを想わずにはいられない。

このエントリでは、各サービスや各アプリケーションの批評をしたいのではなくて、それらによって自分の生活、行動、思想にどういった影響があったのか、思い出しながら記録してみたい。きっと1年後には、ボクはまた別の新しいアプリケーションで遊んでいて、昔の気持ちを思い出したくなるはずだ。そのときのために記録する。

ゲームとしての foursquare

foursquare は「ゲーム」である。ボクが抱いている印象だ。

他の多くのソーシャルなんちゃらと区別するために「ゲーム」と呼ぶのは、foursquare 上でユーザに何かを与えるのは「他のユーザ」だけではなく、foursquare そのものだからである。具体的には「Point」や「Badge」や「Mayor」によってそれらは目に見える。

序文の中で「自分のまわりにユーザがいないと何も楽しめない」とは書いたものの、使い始めたときに実際にそう思ってはみたものの、実は foursquare はそうでもない。ひとりで使っていても、システムがそれなりに相手をしてくれる。foursquare を使えば使うほど Point が貯まるし、「おめでとう!あなたはこの地の Mayor (代表ユーザ) になりました!」とか「ついに Superstar の Badge (称号) を獲得しました!」などと、ユーザを「乗せて」くれるのだ(といっても今のところ Point をお金などに交換できそうな気配はない)。

だからボクは foursquare を「ゲーム」と呼ぶ。

付け加えて、foursquare の iPhone アプリには Point のランキングを見せてくれるビューがあって、これまた上手にユーザを煽ってくれるので、ソーシャルゲームと呼ぶのもいいかもしれない。

The stats

さぁ、ボクと一緒にこのソーシャルゲームで遊ぼう!なーんて!

foursquare :: june29

brightkite と foursquare

brightkite

ボクは brightkite.com がとても好き。2008年11月21日に invitation を受け、ちょくちょくポストするようになったのは2009年の5月。かれこれ半年以上も愛用している。

brightkite は「Twitter + 位置情報 + 写真」って感じで楽しむアプリケーションで、普段は行かない場所に行ったときとか、写真付きで何かを言いたいときは、brightkite の iPhone アプリからポストを楽しんでいる。

foursquare を楽しむようになって、brightkite へのポストは減った。「位置情報で遊ぶ」「iPhone で遊ぶ」あたりの特徴が重なるので、当然と言えば当然かも知れない。自分にどんな変化が起こったかを観察してみると面白い。

最初に foursquare に触れたときは「foursquare はソーシャルゲーム、brightkite は他のソーシャルなんちゃらの流れを汲むライフロギングアプリケーション」と感じた。

普段の生活の中で身を置く場所。たとえば自宅や勤務先、通勤経路となる駅などに Check in したくなるのは断然 foursquare だ。foursquare には Mayor という「その場所を代表する人」の仕組みがあって、同じ場所に頻繁に Check in するとユーザに Mayor の称号が与えられる。brightkite においては、同じ場所に繰り返し Check in するモチベーションを見つけられなかった。

brightkite を使い始めた頃から気付いていたことで、ボクらは「今いる場所の住所や緯度経度をポストしたい」わけではなく、「今いる場所を代表するような呼び名をポストしたい」のだ。ほとんどの人は「東京都新宿区新宿3丁目38-1なう!」ではなく「新宿駅なう!」もしくは「新宿なう!」と Twitter にポストする。さて、ここで問題なのは、その「呼び名」が検索しても見つからなかった場合のフローだ。

brightkite も foursquare も、ユーザが「場所」を新規登録できる仕組みがある。brightkite では「場所」の登録時に「住所」の入力が必須であり、これがユーザを新規登録から遠ざけているように感じる。ボクは何度か「あ、検索しても出ない。住所も分からないからあきらめよう」となったことがある。一方、foursquare では、検索で所望の場所が見つからなかった場合、検索語をそのまま「呼び名」として登録できるフローがあって、住所の入力は省略できる(気が向いたときにブラウザから編集してもよい)。さらに、新規登録したユーザには Point まで与えられて、登録が「歓迎される」つくりになっている。

brightkite を使っていて、「そもそも、登録されている場所に偏りがある」と感じることもあった。たとえばとちぎRuby会議02に参加するために西那須野公民館に行ったときのこと。公民館自体は brightkite で見つけられないのに、公民館のトイレはすぐに見つかって、仕方がないから、みんなでトイレに Check in した。

トイレにチェックイン!

公民館よりもトイレの存在が重要視される「場所のデータベース」と考えると、「カーナビ用データベース」が裏側にはあるのかもしれない。余談でした。

Twitter と foursquare

foursquare は Twitter と「完全連携」している。なんと、ユーザページの URL (ボクでいう http://foursquare.com/user/june29 のこと) のユーザ名部分は、Twitter のユーザページの URL と同じものになる。

これが何を意味するかというと、foursquare にアカウント登録して、Twitter のアカウントと統合すれば、「Twitter の following で foursquare を使っている人」をいきなり一覧できるってことだ。いわゆる Social Graph、考え方自体は何年も前から存在しているけれど、foursquare は思い切って Twitter を密な連携先に選んだ。これは2010年初頭においては極めて効果的な現実解かもしれないな。最強かもしれない。DataPortability.org が理想的な設計を行って、理想的な実装が登場するのを待つよりも、不安定ながらとりあえず元気に動いている Twitter の蜜を吸うのは妥当な戦略だと思う。Twitter ジュース美味しいです!

その上でひとつ分からないのは、なぜ foursquare 上の表示名に Twitter の screen name を採用しないのか、ってこと。First name と Last name で表示名を作るの、そんなに大事だろうか。Twitter で知りあって、実名を知らないような Friend さん、screen name で表示してもらわないと誰か分からなくて困ること多し!

Tumblr と foursquare

Tumblr は優しくて、とても好き。

「Tumblr は、自分さえ楽しければ他に何も要らないってことを教えてくれた」って声を以前にどこかで見聞きしたような覚えがあって、ソースは見つけられなかったのだけれど、とにかくボクはこの声に共感している。

foursquare の Mayor の仕組みは面白くて、新宿駅の Mayor になろうと思ったら(Mayor はひとつの場所にひとりなので)競争率が高くて相当な労力が必要になるけれど、誰もいないところを狙えば誰でも簡単に Mayor になれる。Friend の最近の Check in を眺めていると、みんなけっこう Mayor な場所を持っていて、画面に「王冠のアイコン」が踊っていて楽しい。ユーザのプロフィールページに Mayorship として表示されるのは、「最も頻繁に Check in している場所」ではなく、そのユーザが Mayor な場所である。頻度で場所をピックアップしてしまうと、多くのユーザのプロフィールページに「新宿駅」等のメジャースポットが並んでしまうが、そうではなく、より強くそのユーザを特徴付ける場所がプロフィールとして表示される。上手い。

foursquare

地方ユーザの brightkite や Twitter に対する反応で「近くに他のユーザがいないとつまらない」という声を聞くことがある。foursquare にも同様のことが言えるかもしれないが、Mayor 制度がそういったユーザにも楽しみを与え得るんじゃないかな。「この地域に関しては俺が誰より詳しい!」を示せるユーザプロフィールページになっている。

この「俺は俺で楽しいんだよ!」と、ユーザごとに自分の楽しみ方ができて、他のユーザの楽しみ方に大きく干渉しない仕組みは、Tumblr の楽しさを思い起こさせてくれた。

成長期として見る foursquare

foursquare を brightkite と比較したときは、foursquare に有利なように書いた。けれども、foursquare に写真を投稿することはできないし、他のユーザのポストに対してコメントを書いたりもできない。brightkite にしかできないこともあるので、現状、ボクは両者を使い分けている。

今後、このパワーバランスがどうなっていくかは分からない。どちらか一方が、もう一方の特長を取り入れて成長していくことは大いにあるだろう。それにしても、foursquare のバランス感覚というか、決断の背景に強い意志がありそうな感じ、ただならぬ覚悟を感じる。

「あれ、他のユーザのタイムラインって見れないのか」「コメントできないんだっけ」などと感じていて、ボクが「あっても良さそうと思う機能」がいくつもなかったりする。機能に優先順位を付けて、今は「本質のみを最速で」創ることに注力しているんじゃないかと予想している。「そんな機能は不要だから実装しない」と中の人が判断しているのだとしたら、きっと今のボクが想像もしていないような世界を彼らは描いている。今後、追加されていく機能、変化していく様子を見ながら、foursquare が実現しようとしている世界の姿を知っていきたい。

ところで、今の foursquare が最優先していることとはなんだろう。試しに考えてみる。それは「ひとつでも多くの位置情報付きデータをポストしてもらうこと」じゃないだろうか。それ以外に何かあるだろうか。

ゲーム要素を持たせてユーザを乗せるのも、ポスト数を増やすため。Point 制も、Mayor の仕組みも、場所の新規登録を歓迎する仕掛けも、ポスト数が多くなるようにデザインされている。とにかくたくさんのデータを集める。膨大な数の位置情報付きデータを集める。その思惑に向かって、今のところ順調に進んでいるようだ。

foursquareの1週間でのチェックイン回数が100万回を突破。成長規模は1ヵ月で2倍

じゃあ、データが集まったあとはどうしようか。たとえば、iPhone から位置情報に応じたデータを閲覧できるビューアを用意してみようか。そこに広がる景色は、セカイカメラが目指した世界なのかもしれない。ボクはまだ試せていないのだけれど、ビューアとして使えそうな FoursquareX という Mac OS X 用の foursquare クライアントもすでに存在している。「何か」が一気にひっくり返る瞬間は、そう遠い未来ではないだろう。

ソーシャルなんちゃらは「便利なもの」か「楽しいもの」か

このブログで、これまでにも何度かソーシャルなんちゃらの「便利さ」と「楽しさ」について書いてきた。

2010/02/11 22:45

ユーザが生成するデータから「便利さ」につながるような「価値」を捻出するためには、ある程度の「量」が必要となる。では、その量をどのようにして集めるか。「あなたがデータを生成してくれさえすれば、これだけ便利になるんです」と懇願するか、「楽しんで使ってもらう」ことでデータが生成される仕組みを作るか、大きく2つの方法がある。そんな風に考えることもある。

だけれども、今のボクは「楽しんで使ってもらう」そのこと自体に大きな価値があるととらえている。そして、楽しそうにしている人がいる「場」には、自然と人が集まってくるものだ。成功しているソーシャルなんちゃらは、例外なくそういった「場」を生み出している。

ボクが研究室に在籍していた頃、2004年ぐらい。「Web をもっと便利にしよう」みたいな大きな流れがあった。Web を研究対象として見ていたらから、そう感じていたのかもしれない。当時、「集合知」という言葉をよく見聞きした。また、「衆愚」という言葉も同じくらい見聞きした。

それが「賢いもの」であれ「愚かなもの」であれ、どちらも「人がたくさんいる状態」のお話をしている。ソーシャルなんちゃらってのは、つまりはそういうことか。人をたくさん集める、人から生み出されるデータをたくさん集める、それが根幹だ。そうして集まったデータを活かすか殺すか、それは次のフェーズのお話だ。

まずは何より人をたくさん集めること。そのためには「楽しさ」が不可欠であること。「楽しさ」が宿る場を用意すること。「楽しさ」そのものに価値があること。foursquare で遊びながら、ボクが考えたこと。

「集合知」の体現例として挙げられることのある Wikipedia もソーシャルブックマークも、便利であるより先に「楽しい」ものだとボクは思う。Wikipedia の上で適当にハイパーリンクをたどっていて「こんなことまで書いてあるのか!」と笑ってしまうことは少なくない。

今の foursquare には「楽しさ」がある。これから状況は変わっていくだろう。さらに人が増えれば「Mayor の私に断りも入れずに Check in だなんて、非常識だと思いませんか。この Venue は無断 Check in 禁止です」なんてネタが飛び出すかもしれない。向かう先にある「便利さ」や「お金の匂い」を嗅ぎつけて人が増えると、空気は変わってしまう。それを悪いと言うつもりはない。ただ、個人として、ひとりのユーザとして、悲しいと思ってしまうことは、ある。

Twitter はまさに今、人が集まってきたところだ。最近読んだ記事の中で、グッとくる表現があった。

すごろくやの「フォロワーの数×1円割引」キャンペーンは、1回きりで終わる見通しだ。「初めてだからこそ面白がってもらえた。あまり続けると悪用する人もでてくるし、フォロワー数の意味が変わってしまう」ため。今後もまた、別の形でTwitterを活用していきたいと丸田さんは話している。

「フォロワー数×1円割引」——太っ腹な“Twitter割り”はなぜ可能だったのか - ITmedia News

「フォロワー数の意味が変わってしまう」と言っている。この表現に込められているであろう意味に、強く共感した。

ボクはソーシャルなんちゃらを「場」だと捉えている。この「場」を「ツール」だとみなすと、途端に世界の見え方は変わってしまうのだ。このことを忘れたくない。このエントリで今の気持ちを記録しておきたい。

謝辞

テキストチャットを中心に、いつも「ソーシャルなんちゃら」に関する議論の相手となってくれている @darashi さん、@snoozer05 さん、@kei_s さん、どうもありがとう!みんながいなかったら、ここまで考えを整理できていません。このエントリには、みんなの言葉がたくさん含まれています。みんなの言葉は示唆に富んでいて素晴らしい。

連絡先としてのTwitterアカウント

今から10年前といえば,ボクは16歳(若い!)で,生活する上で大切なものの上位に「PHS」があった.その2〜3年後には「PHS」から「携帯電話」に変わり,電話番号に加えて「電子メールアドレス」を伴うようになった.10代後半の交友関係においては「メールアドレスの交換」が極めて重要なイベントであった.

一方,ボクがここ1年くらいの間に出会った人たちとは,それほどメールアドレスの交換はしておらず,お互いに「Twitter のアカウント名が分かればよい」と無言の了承が取れる場合が多い.ほとんどの場合において,Twitter のアカウント名はメールアドレスよりも短く,覚えやすく,そのまま呼び名に使えることも多いので,コミュニケーションの媒体としては優れていると言える.

実際のところ,ボクは個人名刺にメールアドレスを記載してお渡ししているが,そのアドレスにメールが届くよりも,Twitter で reply をもらうことの方が圧倒的に多い.

携帯電話のメールアドレス

携帯電話のメールアドレスというものは,昔からあまり好きではない.「メールアドレス」は,個人のアイデンティティを表現するものとしてかなり強力で,重要な役割を担っている.にも関わらず「機種変更したのでメールアドレスが変わりました」なんてメールが大量に送信されなければならないのはおかしい.メールアドレスが「個人」よりも「端末」や「キャリア」に紐づいてしまっていて,個人が使用するあらゆる端末からの自由なアクセスもできない.

ボクが au の端末と,ezweb のメールアドレスをアクティブに使用していたときは,受信するすべてのメールを Gmail に転送するように設定し,受信メールの検索や整理は,PC 端末から行っていた.そうでもしなければ,とてもじゃないが所望のメールを素早く見つけたりできなかったし,「携帯端末が水没したら受信メールも消えてなくなってしまう」という不安がつきまとうのもイヤだった.

ただ,「定期的に交友関係を整理したい」欲求を満たしたり,「メールアドレスが変わった友人から連絡があった」安心を得るためには,こうした「リセット」の仕組みが上手く働くだろうとは思っている.

ボクらが求めるもの

それは結局のところ「コミュニケーション」だ.別に,携帯端末の小さな画面で大量のメールアドレスを管理したいわけじゃないし,堅苦しいご挨拶のメールを送りたいわけでもない.コミュニケーションを楽しみたいだけだろう.

もちろん,メールでやり取りされる内容と,Tweet の内容は同じものではない.メールでしか伝えられないものもあるだろう.だけれど,その逆もまたしかりで,わざわざ宛先を設定してメールで送ったりしない内容のものが Tweet としてポストされたりする.

何より Twitter は日常のコミュニケーションツールとして「十分」である.待ち合わせのシーンで,相手の Twitter アカウントしか分からずに,上手く連絡が取れずに苦労した経験は何度かあるが,それは特殊ケースであって,日常ユースにおいては十分である.ボクらはメールをしたかったのではなく,コミュニケーションを楽しみたかったのだと気付く.きっと,10年前のボクも,そうだったんじゃないだろうか.

Web ネイティブな,今の若い子の感覚も聞いてみたいものだ.

AzaとChrisにインタビューして記事を書きました

去年の11月に Aza が来日したときにインタビュー記事を担当させていただきました.

Focus on People:Mozilla Labの至宝が語る未来のFirefox (1/2) - ITmedia エンタープライズ

今年も Firefox Developers Conference 2009 のタイミングで来日されるということで,去年に続き記事を担当しました.今回は Chris Blizzard も一緒でした.2人にインタビューした内容をまとめたのがこちらの記事です!

Focus on People:次世代のFirefoxがもたらす「Webの民主化」と「Super Power」 (1/2) - ITmedia エンタープライズ

2年続けてということで,変わってきた部分と変わらない部分の両方を感じながらお話を聞けたのがよかった.

都合が付かなくて,直前の Firefox Developers Conference 2009 に参加できなかったのは残念.それでも,参加レポートや録画が多く残っていて大変助かった.

Jetpack の feature 間連携の構想や,「Web ブラウザの役割」についての考え方は,とても刺激的で面白かった.すでにリリースが予定されている機能のお話だけではなく,彼らがどこを目指し,どのようにしてそこに向かおうとしているのか,そんなお話を引き出せたので,インタビューとしては悪くないんじゃないかな.いかがでしょうか.

謝辞

My MacBook

Aza のサインも2年分になった

Mozilla Japan の皆さん,ITmedia の西尾さん,貴重な機会をありがとうございました.チームの同世代メンバー,質問のアイディア出しと草稿のレビューをありがとう.そして Aza と Chris,ワクワクするお話をどうもありがとう!

IVS 2009 Spring に参加してきた

Infinity Ventures Summit 2009 Spring

大変光栄なことに弊社サイジニアも Launch Pad に枠をいただいて,ボクは Staff という扱いで参加し,代表のプレゼンのお手伝いをしていました.

Launch Pad Staff

IVS 2009 Spring

結果として,2位という名誉ある結果をいただいて,どうもありがとうございました!チームのみんなに業務を押しつけて札幌にやってきた(ついでに帰省)ボクも,これで月曜日は上を向いて出社できるってもんです.

IVS 2009 Spring - a set on Flickr

雑感

21日,22日と会場にいて,セッションの内容や出会った皆さんとお話させてもらった中で感じたことを,ざっくりまとめておきたいと思います.

よく耳にした言葉たちを抽象化して抜き出したキーワード

  • モバイル
  • ソーシャルゲーム
  • 遊び
  • アバター
  • 実体験

IVS 2009 Spring

総じて,一昔前に Web を語るときとは文脈が大きく変化しているなぁと感じました.少し前までは「とにかく便利」「群衆の叡智」「みんなで使えば賢くなる」「溢れる情報を整理する」といった,今と比べてやや固くて真面目な(?)方面で価値が語られていましたが,上記のキーワードから連想されるのは,「楽しい」「嬉しい」という豊かな体験に対してお金を払うユーザの姿です.そして実際に大きな市場がそこにある,という話でした.

ボクの感覚とのギャップ

「楽しい」「嬉しい」に価値を見出すのは,ボクの感覚とも一致するところです.過去にも何度かそんなエントリを書いています.

楽しむWeb - 準二級.jp

一方で,ボクが夢中になって使っているいくつかの Web アプリケーションの名前は,この会場では聞くことができなくて,この差はどこからくるんだろうってずっと考えていました.

ユーザ体験までを考えるプロダクトデザイン

Launch Pad で印象に残っているのは,Cerevo和蓮和尚さんによる「送る送る詐欺撲滅」の話と,サイバーエージェントさんのアメーバピグの話です.

どちらにも共通して感じたのは「極めて具体的なユーザ像・ユースケースに基づいたプロダクトデザイン」が背景にある,ってことです.そこが面白かったです.Cerevo カメラの話は Web 上にもたくさんあるのでここでは割愛させてもらって,アメーバピグについてもう少し掘り下げます.

アメーバピグの設計思想は「ライトユーザー絶対主義」とのことでした.「インターフェイスは可愛らしく分かりやすく」「低スペックの PC でもストレスなく楽しめるような実装を」この辺りはブレがなくて,話を聞いていて気持ちよかったです.

IVS 2009 Spring

アメーバピグにはすでに35万人ほどのユーザがいるそうで,みんなライトユーザにも関わらず驚異的なアクティブ率.ほぼノープロモーションなのにユーザはどんどん増えて,中には芸能人ユーザがいたり,今やユーザが自発的に独自の遊び方を見つけて楽しんでくれているのだそうです.

画面を見せてもらいながら話を聞いて,そこにあるユーザ体験は Twitter とよく似ているなぁ,と強く思いました.ちょっとヒマなときにアクセスして,特定の誰かを求めないコミュニケーションを楽しむ.そのコミュニケーションは第三者に対して開かれていて,思わぬところで話が盛り上がって大きな流れになったりする.ときにはシステムの制約を逆に利用した遊びがユーザの間から生まれたりする.有名人のアカウントにみんなで群がってみたり.まったくもってよく似ています.

人が,人とのコミュニケーションに求める「楽しさ」や「嬉しさ」って,本質は同じだってことなのでしょうね.多分,アメーバピグにどっぷりなユーザさんは Twitter を使わないだろうし,Twitter 大好きなボクはなかなかアメーバピグを使おうとは思わないけれど,これはサービスの優劣の話じゃなくて,ただの棲み分けだと捉えています.「みんな」がひとつの場所に集まってひとつのスキーマで全員が満足できるなんてことはないでしょう.自然な棲み分けが起こるのは,システムが健全な証です.

大事なのは「具体的に誰が,いつ,どんなシチュエーションで,どのようにそれを使って,何が価値になるのか」をとことん考えることなのだと思いました.機能だけ箇条書きにすればまったく同じ説明になる2つのプロダクトがあったとしても,対象ユーザが明確に違えば,それぞれは別なプロダクトとしてどちらも存在し得るのでしょう.

「必要な」システム

最後に,IVS の話から少し外れるかもしれませんが,書きます.

会場で「最近,面白いサービスはありますか」なんて話になったときに,ボクは「brightkite.com です!今日も iPhone からここの場所を写真付きでバシバシとポストしていますよ!」とやや熱っぽく答えました.brightkite は「位置情報付き Twitter」とでも言いましょうか,そんなサービスです.ボクのポストは以下からご覧いただけます.

Jun OHWADA (june29) - brightkite.com

よくある brightkite に対する反応は「位置情報をポストするのは怖い」「何が楽しいんだ」「誰がそんなものを喜んで使うんだ」といったところで,大枠ではボクも同じことを思います.例えば「brightkite はあなたの人生に必要ですか」と聞かれたら「いいえ」と答えるしかないでしょう.過去のエントリでも似たような話をしています.

「twitterは必要か」は「恋人は必要か」という議論に似ている - 準二級.jp

そんなときに必ず聞き返したくなるのは,じゃあ人生に必要なものってどれだけあって,あなたがお金を払っている対象はすべて必要なものなんですか,ってことです.難しいですね.

今回の旅の移動中に代表とこんな話をしていたら,「携帯電話もね,登場した当初は,誰がそんなものを使うんだって言われていた」って話が出て,それがたった10年や15年前の話なんだなぁと思ってしみじみしました.

だから,「誰もそんなものは使わない」と感じてしまう前に,一度でいいから「仮に多くの人がこれを使うようになったら,人の行動にどんな変化がもたらされて,どういった文化が生まれ,そのときに何が求められるだろうか」って考えるようにしています.他の人より先に未来の価値に気付けるとなんだか優越感に浸れるから,ボクは新しいサービスに飛び付いてとりあえず使ってみるのは好きですよ.まわりにはボクよりずっとずっと想像力が豊かで,アンテナの感度が良好な人たちがいるので,彼ら彼女らと未来について話すのはとても有意義です.

そして,IVS の会場にいらしていた,例えばモバイル業界のキープレイヤーの方々は,いち早くモバイルが普及した世界のことを思い描いて,その世界に先回りして行動を起こしてきた人たちなんでしょうね.

まとめ

参加報告というより雑感がメインになりました.IVS で得た刺激から思考が膨らんでこんな文章になりました.ボクが普段参加しているイベントとは雰囲気も大きく異なっていて,得るものが多かったです.だけど,この場においても「ジョジョが好きなんですね!」と話しかけられる自分のプロパティはほめてあげたいです.

IVS 2009 Spring

弊社をお招きいただいたインフィニティ・ベンチャーズの皆さま,素晴らしい機会をありがとうございました!会場でお会いしたすべての皆さん,本当に楽しいお話をありがとうございました!シェラトンホテルさん,美味しいお料理をありがとうございました!

代表,お疲れさまでした.

情報のストックとフロー

結局全部Twitterに食われちゃったんだよね - Yet another my Posterous blog

上記エントリに対する @yanbe さんのブックマークコメント

この手のWebサービスはストック系とフロー系があって、フロー系はほぼTwitter一人勝ちだと思う。ストック系はTumblrがいい位置につけてる

はてなブックマーク - WebやUIの研究開発ブックマーク - 2009年5月4日

を読んで.ボクもいつからか情報の「ストック」と「フロー」を分けて考えるようになっていて,言葉までまったく同じ仕切りだったから,気になって少し掘り下げて考えてみることにしました.

流れる情報と留まる情報

「ストック フロー」で検索するとお金の話がいっぱい出てくるので,「情報 ストック フロー」で検索してあげるのがよさそうです.

検索結果の中から,ボクが目を通したエントリをリストします.流れを理解するために,エントリの投稿年月日も併せて記載し,時系列でソートしました.

既存メディアに対しての Web の勃興があり,その Web の上でも個人サイト,Blog,Wiki といった多様なサイト形態が登場,あわせて,RSS リーダやソーシャルブックマークといったツールの普及もありました.そういった変化が起こるたびに,情報のフローとストックについての議論があったのだと分かります.

ですが,Rauru Blog » Blog Archive » 情報のストック vs フロー

たとえ Web 2.0 バブルが弾けようとも、そんな葉枝末節の些細事とは関係なく、情報ストックの価値はますます減じ続け、フローの価値は増大し続けるだろう。そして我々も、否応なしに、そのような社会の中で生きていかねばならない。

Rauru Blog » Blog Archive » 情報のストック vs フロー

と指摘されている通り,人類の歴史という大きな枠で見てもこの流れは必然であり,これからも止まらないのでしょう.このエントリが投稿されたのが3年以上前であるにも関わらず,まるで色褪せていないどころか,むしろ一層の深みを持つようになっているのだから,流れが続いていることの証明ですね.

変化として面白かったのは,「ストックとフロー」の対比が「Wiki と Blog」から「Blog と Twitter」になっているところです.Blog のポジションが相対的に静的な方向にシフトしています.Blog に書かれている情報に一定以上の信頼が置かれることになった,ということなのかもしれません.また,Wiki と Blog がツールとしての一般名詞であるのに対し,Twitter はサービスとしての固有名詞であることも興味深いです.Twitter が following/follower という関係まで含めて Twitter であることを考えると,フロー情報は人同士のつながりと強い関係があるということでしょうか.

「Blog 上で議論が成された結果を Wiki にまとめる」だったのが,「Twitter で議論して Blog にまとめる」と,単に段階がずれただけ,ってのはありそうです.

参照

情報ありがとうございました!

初出は分かりませんが、Webサービスをストックとフローで分ける考え方は、昔、wikiとblogの関係を説明するのに使われてたと思います

Twitter / Yusuke Yanbe

「Wikiはストック・Blogはフロー」って俺の印象だと初期の「Wikiばな」で見た

Twitter / ‮ǝunsʇo ıɯnɟɐsɐɯ

blogをwikiの初出ってどこ?と今では探りやすいかもしれませんが、当時は難しくて皆さん同じように同時多発的に考えていた記憶があります。僕は遅れて考えた人ですが、あえて当時の記憶を出してみました。

Twitter / KAYA Satoshi