2010年9月14日、釧路高専の先生から1通のメールが届いた。内容は、専攻科の2年生、30人程度を対象とした講演のお誘いだった。そして2010年11月25日の夜、ボクは釧路空港に降り立った。
釧路に7年弱ほど住んでいながら、実は、釧路空港を訪れたのは今回が初めて。久しぶりの釧路は、この時期、やはり寒かった。そこからバスに乗り、釧路高専の横を通過し、釧路駅近くのホテルにチェックインを済ませ、末広の居酒屋にて、お世話になった先生たちとごはんを食べてお酒を飲んだ。
この夜がとても愛おしかった。
ごはんがとても美味しい。お酒も美味しい。在学中は、よく分からないことで言い争ったりもした先生と乾杯して、お話をする。ボクが話すひとつひとつのことに、先生たちが喜んでくれているような気がして、あの頃を生きた地に歓迎されるのは嬉しかった。講演の準備を残したまま、夜は更けていった。
とある卒業生が見ている世界
これまでに参加してきたイベントの名札は、お守りみたいなものですね。自分が歩いてきた道を確認して安心します。
講演してきました。テーマは「技術者として生きる」に落ち着きました。依頼のときには「30人くらい」と聞いていた聴講者も、実際のところは70人くらいでした。
工作好きの男の子なら、幼少時代に、父親の工具箱を開けて遊ぶのが好きだったりするでしょう。そこで手に取る、大小様々なサイズからなる六角レンチ(六角棒スパナ)のセットは、最初は何のために存在するか分からないものです。それがあるとき、そう、六角形の穴を持つボルトと出会ったときに、ピンとくるわけです。「あっ」と思ったときには、レンチをボルトに突き刺し、回し始めていることでしょう。
「学校で技術について教えられた人」が「技術者」へと育っていく過程にも、こういった瞬間があると思います。
ただただ、わけもわからず教えられた知識や技術という「道具」が、現実世界の問題を解決するための穴にピタッとはまったとき、それまで開けることができなかった扉が音を立てて開き、新しい世界が拡がっていく。
この手に宿した技術で、自分の日々をより豊かにしていこう。そんな風に発想したときに、初めて、技術者としての「もうひとつの人生」が始まるのではないでしょうか。
楽しいと感じる方向に進もう
自分が生きる日々なのだから、何より、自分のための時間を過ごした方がいいでしょう。楽しい時間を過ごそう。良いと感じるものにいっぱい触れよう。そのために「絶対良感」を育てよう。生きているものにいっぱい触れよう。
良いものにたくさん触れ、悪いものにたくさん触れる。そうすると、新しいものに触れたときに、それが良いものなのか悪いものなのか、段々と分かるようになってくる。
これは、ある人にもらった言葉です。もらってからしばらくして、自分なりに整理できてきたときに「絶対良感」と呼ぶことにしました。恐らく絶対良感は、人にもともと備わっている能力だと思います。今年の夏にヒマワリを育てていたときに、思ったんですよ。毎日、夜に家に帰ってきて、ヒマワリの様子を見ると、彼女が良い状態にあるか悪い状態にあるか、専門知識がなくてもすぐに分かりました。「元気がなさそうに見えたら水をあげる」これだけで、ちゃんと花を咲かせることができました。
この感覚はとても大事だと思っていて、植物に限らず、自分が関わるすべてのものに対して、状態の良し悪しを感じられるようになれば、自分が取り得る行動は変わっていくことでしょう。磨かれた絶対良感は、灯台のように、日々の取捨選択を助けてくれます。光の見える方向に進もう。
ボクは、とにかく「この人と一緒に活動していたい」と思う人たちにくっついてまわっています。この人と一緒なら、どんなことがあっても悪いことにはならない。これを絶対良感として大事にしたいと思っています。面白い人に会って、面白いお話をする。素晴らしいと思える技術に触れる。それを継続する。卒業後に少しずつ実践して、実を結んできたと思えることです。
講演のあと
本音を言うと、講演よりも会話がしたかった。一方的に言い放ちたいことなんて、実のところひとつもなくて、釧路で、釧路高専での日々を過ごしている人たちと、何より会話をしたかった。なので、持ち時間としていただいていた120分のうちの後半は、皆さんと会話することにしました。講演を聞いて、そのあとも残ってくれた学生さんが10人ちょっと、かな。本科の5年生から専攻科の2年生まで。それと、先生たちも何人か、ずっと同席してくれていた。予想していたよりたくさんの人たちと「釧路」について話すことができて、とても充実した時間だった。
ボクが抱えている問題意識は、学生さんよりも、先生たちが持っているものに近かったのかもしれない。先生たちが、色々と質問してくれた。学生時代は、こちらが質問する側だったからね、先生たちがボクに何かを聞きたがっているというのは、なんだか不思議な感じがしたな。
せっかく外からやってきたのだから、中にいるだけではなかなか気が付きにくいことや、お目にかかれないものを、ひとつでも多く届けたいと思って。講演の内容だけじゃなく、時間の過ごし方すべてを、意識して設計した。学生さんからの質問やコメントが多かったのは「Zen スタイルのプレゼンテーション」について、でした。うん、とてもよかった。「こういうスタイルもあるんだよ」って、言葉じゃない方法で示せたと思う。最後まで残ってくれた子たちには、MOOのビジネスカードを1枚ずつ渡したのだけれど、これも喜んでもらえたみたい。「楽しい時間」のためにできることは、たくさんある。ボクは、君たちと楽しい時間を過ごしたかったよ。
補足
この講演のために用意したお話は、すべて、高専時代の自分に向けたものでした。ボクの在学中は、専攻科はなかったし、今の子たちとは世代も少し離れているし、専攻科生向けの内容、と考えてもよく分からなかったので、設計をブレさせないために、対象を「高専時代の自分」に絞りました。
過去の自分に対し、現在の自分から言えることを話し、そうして、未来の自分の活動のヒントを掴めた気がする。超時空特別講演。
謝辞
今回、このような素晴らしい場を用意してくださったすべての関係者の皆さんに感謝します。どうもありがとうございました。ボクの後輩にあたる子が、同じ時期に在学したことはないにも関わらず、先生を相手に大和田純を強く推してくれたそうです。こんなに嬉しいことはありません。どうもありがとう。講演に出席してくれた皆さん、ふわっとしたお話を一生懸命に聞いてくれて、どうもありがとう。結局、持ち時間を超えて、夕方まで会話を続けたのだけれど、特に、最後まで残ってくれていた子たちには、心からのお礼を言いたい。どうもありがとう。
先生は「大和田さんです」と紹介してくれたのに、学生の子たちは口々に「じゅーんさん」と呼んでくれて、なんだか面白おかしかったです!Web 上のボクの活動を見てくれていたんですね。名前で呼んでくれてありがとう!
えにしテックのおふたりのおかげで、釧路 OSS の斉藤さんともお会いできました。この出会いも大切にしたい。釧路を離れてしまった技術者のボクに、今できることはなんだろうか。色々と考えるキッカケをもらいました。斉藤さん、しだらさん、しまださん。ありがとう。
ウェブエンジニアの濱崎健吾さん。内容のブラッシュアップに付き合ってくれて、どうもありがとう。いただいたメッセージは読み上げて伝えてきました。卒業後に出会えた高専卒の素敵な技術者として、スライド中に登場してくれてどうもありがとう。ありがとう!
講演中の写真を残してくれていたのも後輩です。講演終了後、駅まで車を走らせてくれた後輩と一緒に、泉屋のスパカツを食べました。