#june29jp

2者間のコミュニケーションの適応モデルを整理してみた

2013-02-17

コミュニケーションとは「異質なもの同士をつなげるモノ・コト」と捉え、特に「2者間のコミュニケーション」に着目し、その「適応モデル」を考え、整理してみます。ぼくのこれまでの実体験をベースにしています。

「人はみんなそれぞれにちがうもの、だから、コミュニケーションが必要である」という前提に立っています。自分と相手との「ちがい」に気付いてから、自分はどのようにふるまうか。いくつかのパターンがあると思います。それをモデル化してみました。ごはんを食べているときになんとなく思い付いたものなので、どれくらいきれいに整理できているかはわかりません。また、これらのモデルを考えるに当たって、既存の研究なんかを参照したわけでもありません。あくまで、ぼくの実体験をベースに考えて作成したものです。

わたしに合わせてモデル

Adaptation Model 1

自分のカタチに、相手が合わせてくれることを望むメンタルモデルです。このモデル同士では、お互いにゆずらず、上手に関係をつくることがむつかしいかもしれません。

あなたに合わせるモデル

Adaptation Model 2

相手のカタチに、自分が合わせることをよしとするメンタルモデルです。色んな相手とうまくやっていけるタイプかもしれません。

外部参照モデル

Adaptation Model 3

自分でも相手でもなく、その外側にある「常識的にはこうでしょ」というカタチや、「自分たちはこうありたい」という理想のカタチなどを持ち出し、自分たちをそのカタチに近付けようとするメンタルモデルです。目指すカタチを、自分と相手とでしっかりと共有しておくことが大事そうです。

アダプタモデル

Adaptation Model 4

自分のカタチも相手のカタチも変えることなく、ふたりの間にある「関係」を変化させることで調和を保とうとするメンタルモデルです。お互いの「ここはゆずれない」という部分と「そこはなんでもいいや」という部分を区別し、無理なく歩み寄れる範囲で、双方にとって心地よい関係をつくることができるかもしれません。

エピソードを通じて

ここで、具体的なひとつのエピソードを例にして考えてみましょう。ご登場いただくのは、「朝型カレシと夜型カノジョ」という、付き合いはじめてから1年ほどになるカップルです。生活リズムが真逆なふたりは、なかなか一緒に時間を過ごすことができず、お互いに、もっともっと楽しい日々を過ごしたいのになぁと所望しています。

「俺に合わせて、早起きしろよ!」「私に合わせて、夜更ししてよ!」となれば、それは「わたしに合わせてモデル」です。「君に合わせて、少し夜更しするね」「あなたに合わせ、少し早起きするわ」と思ったのなら、それは「あなたに合わせるモデル」でしょう。

もし、朝型カレシくんが「ふつうは、朝に起きて夜に寝るもんだよ」と言って夜型カノジョさんが「たしかに」と言って納得するのなら、これは「外部参照モデル」が上手に用いられた好例になりそうですね。

「まあ、カノジョさんが夜型なのは最初からわかっていたことだし、今さら変えろとも言わないけれど、かといって、俺も寝坊できない仕事だから、夜更かしはできないしなあ…」というところから出発して、「じゃあ、生活リズムが合わないことで、逆に楽しめるようなことを考えようよ」とお話を展開できれば、ここからは「アダプタモデル」です。

雑感

たとえばぼくの「他人とのコミュニケーション」を思い出してみると、10代後半の頃は「あなたに合わせるモデル」を志していたように思います。ただ、これだと自分を持続させるのがむつかしく、長続きしないなぁと感じるようになってきました。最近では「アダプタモデル」と「あなたに合わせるモデル」のハイブリッドを選んでいると、自分では思っています。基本は「アダプタモデル」で、必要に応じて無理のない範囲で「あなたに合わせるモデル」を持ち出す感じかなぁ、と。

「わたしは尽くすタイプです」という人は、「あなたに合わせるモデル」を指向している典型的なタイプでしょう。ただ、整理してみて思ったのは、そういう人たちは、単純に「あなたに合わせるモデル」というよりは、自分が「ここは別に変えてもいい」という箇所をきちんと認識した「アダプタモデル」の人なのかも、ということです。上手に相手に合わせているように見えて、実は、変えたくない部分は変えずに守り続けているのかもしれません。

世の中を見渡してみると、けっこう「外部参照モデル」な人もいるのだなぁと感じます。「わたしたち付き合っているんだから、こういうことはNGでしょ?」といった台詞は、まさに「外部参照モデル」の体現だと思います。このとき、双方の「こういうもんだよね」という認識を慎重に合わせておかないと、誤解やすれ違いが生じてしまいそうですね。「もし恋人ができたら、こういうふたりになりたい」という強い気持ちが生み出す「理想像」みたいなものも、理想を中心に置いた「外部参照モデル」の体現になるかもしれません。相手のカタチよりも理想のカタチばかりに目が向いてしまわないように、注意しておいた方がいいかもしれませんね。

たまにみかけて「しんどいなあ…」と思ってしまうのは、「外部参照モデル」に見せかけた「わたしに合わせてモデル」です。「ふつうに考えたらわかるでしょ!」と言いながら、自分の考えに合わせてほしいだけだとしたら、コミュニケーションを長く続けるのは骨が折れそうだなぁ、という印象を持っています。

今のところ、ぼくは「アダプタモデル」を好んで取り入れています。自分のカタチを変えるのも、相手のカタチを変えようとするのも、なかなかにエネルギーを要することなので、できれば、自分も相手も変えずに、自分も相手も否定せずに、お互いにとっての「いいカタチ」を見つけていきたいと思っています。お互いの間にあるものを、お互いにとって「いいカタチ」にしていくことが、ふたりの関係を育てることだと考えています。

ときに、ぼくが「アダプタモデル」に基づいた考えを話すと、お話相手から「なんか冷たいね」って言われることがあります。そうか、冷たいか… と悩むこともあります。たしかに、こうして図にしてみると、「アダプタモデル」だけは、わたしとあなたが直に触れ合ってはいないのですよねぇ。ふむふむ。でもぼくは「いい関係でいたい」ってことについては本気で考えているし、「ぼくはぼくのまま、君は君のままでいい」と言うときに、なにも「どうでもいい」と言っているわけじゃあないんですよ。いつからか「長続きしないものは、やがて嘘になってしまう」と考えるようになって、自然体を大事にするようになっただけなんです。

本当に雑感っぽい雑感になりました。今回のエントリは以上です!

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