数日前、通勤の電車に乗っているとき、たまたま目の前にいた50歳くらいの男性のシャツの襟のところに、サイズのシールが貼ったままになっていると気が付いた。「M」と印字されたそのシールは首のちょうど真後ろにあって、もうシャツを身に付けてしまっている男性がこれに気付くとしたら、帰宅してシャツを脱いだときか、誰かに指摘されたときになるだろうと想像した。
さて。自分がこの男性に声をかけて、シールのことを伝えようか、やめておこうか。
ここでぼくが声をかけなかったとして、ぼくを咎める者はないだろう。そもそも、ぼくがシールのことを知りながら黙っていたということすら、誰にも気付かれないのだから。この時点で、自分にマイナスが発生しないことはわかった。あとは、プラスを目指して行動を起こすかどうかだ。
時間にして1分間ほど迷っただろうか。結局、話しかけてシールのことを伝えることにした。幸い、降りた駅がいっしょだったので、電車を降りて、ホームのところで背後から近寄って肩を叩き、サイズのシールが付いていますよ、と告げた。男性は慌てて両手を首のうしろにまわし、シールを取ろうとしはじめたようだった。きっと、こんなことを指摘されて恥ずかしいだろうと想像し、ぼくは事の顛末を見守ることなく、足早にその場を立ち去った。もしこれで、あの男性に起きていたかもしれないいやなことが減っていたらうれしいと、そう思うことにしよう。
その数日後、今日のこと。
帰路の途中で寄ったスーパーで、お刺身のパックを手に取った。夜のこの時間、お刺身には黄色のシールが貼られて、30%引きになっているようだった。安くなっていてお得だ。次はサラダのコーナーへ、と思い、その場を離れようとした瞬間、近くにいた女性に呼び止められた。
「ほら、貼ってもらいなさいよ」
最初、なんのことかわからなかった。女性が指差す方を見てみると、そこには値引きシールを貼っている店員さんがいた。なるほど、もう値引きの時間になったから、店員さんにシールを貼ってもらって安く買いなさい、というわけでしたか。そんなこと、したことなかったもんだから、ぼくはちょびっともじもじしてしまって、だけれども女性は「貼ってもらいなさいって」と強気で迫ってくる。迫力がある。それならば、貼ってもらいましょう。こうしてぼくは、お刺身を50%引きで買うに至ったのだ。
数日前の声かけが、巡り巡って、自分のところに戻ってきたような気がした。