8月に手に取って、ボリュームたっぷりで時間がかかってしまったけれど、ようやっと読み終わった。ウオーと反応してしまう内容が多く、完走できてよかった。読書メモを残しておく。
【増補版】製品開発力―自動車産業の「組織能力」と「競争力」の研究
- 作者: 藤本隆宏,キム B.クラーク,田村明比古
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2009/10/09
- メディア: 単行本
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概要
初出は英語版の1991年。日本語版が出たのが1993年。つまり、24年ほど前に世に出た文章を読んだことになる。
本書の狙いは、日米欧の自動車製造企業20社約30プロジェクトを対象に実態調査を行い、高いパフォーマンスを生む製品開発のパターンはどんなものであるかを浮き彫りにすることである。序文に、そう書かれている。
ぼくは、弊社 CTO に紹介してもらってこの書籍を知った。自動車製造のプロセスが、自分が従事しているソフトウェア開発のプロセスとどれほど近いものなのかはわからないけれど、共通点があればそこから学べることはあるだろう、というくらいの期待感で読んだ。読み終わってみると、なんというか、これ自分の未来のことが書いてあるんじゃないの… という気持ちになったくらいで、学びがあるどころではなかった。
ぼくの主眼
それはもうはっきりと、自分の現場に持ち帰ることのできる知見がほしいと思いながら読んだ。
書籍の序盤、P.29 で「自動車業界関係者以外の方々は、私たちの研究結果から類推するという間接的な方法で、他業種のケースに当てはまるかどうか、お考えいただきたい」と書かれていたので、自分たちのケースに当てはまるだろうかと、そこに注意しながら読み進めていくことになった。付け加えて、業界だけではなく年代も違うので、執筆当時の年代に固有なことと、今もなお変わらない普遍的なこととの境界にも気を配って読もうとした。
結果から言うと、自分たちの今の状況は、1980〜90年代の自動車業界にとてもよく似ていると思う。なので、本書にて「これが重要だ」と示されていることは、同じように自分たちにとっても重要だと言えることになるし、実際に、自分の感覚と照らし合わせてみても、重要だと思えることが多い。以下、今の自分たちの業界が当時の自動車業界に似ていると感じる材料になった箇所をいくつか挙げる。
- (P.010) "問題の早期発見が大事、問題発覚があとの工程になればなるほど手戻りが発生して大変になる"
- (P.022) "国際競争の激化、洗練されたユーザーによる市場の細分化、目覚ましい技術革新"
- (P.023) "ユーザーは、自分の価値観やライフスタイルに合うかどうかで製品の購入を判断する"
- (P.024) "これほど技術が大切な時代にいながら、技術だけでは競争優位を築くことが非常に難しい"
- (P.031) 「ユーザー・インターフェース」という言葉が出てくる
- (P.032) "自動車のユーザーは、自分がどのようなものを望んでいるのかをはっきりと言葉に表すことができない場合が多いが、製品を見て好き嫌いを判断することはできる"
- (P.047) 「ユーザー体験」という言葉が出てくる
- (P.047) "よい製品かどうかを企業自体が決めることは不可能に近い"
- (P.048) "強力な製品コンセプトには、単なる寸法表や仕様書以上のものが備わっている。強力なコンセプトは、製品の特色をユーザーの視点に立って決定しているのである"
- (P.088) "個々の部品について少しずつ優れた工夫をしても、それらを全部組み立ててみると、思ったほど車全体としてよくならないものなのだ"
- (P.155) "設計変更をすべてなくそうとする努力は望ましくない、必要な設計変更については、その内容、時期、方法等を上手に管理することが大事なのである"
これらすべて、当時の自動車業界について論じられたものだが、すべて2015年の、特に B2C のソフトウェア開発にそのまま当てはまるような内容である。特にズバーンと言ってあるものを選んで抜粋したが、すべて挙げようとすればキリがないほどに、このような記述がある。
こういった記述を目にしながら読み進めていくうちに、序盤を読んでいるときにあった「これ、自分にも役に立つのかな…?」という疑念はどんどん薄れていき、後半を読んでいるときには、もう自分の業界のことと錯覚して読んでしまうほどになった。
(アッアッと感じることが多くて下線だらけになったページ)
もし2015年のソフトウェア開発業界が、1990年頃の自動車製造業界と極めて似た状況にあるとしたら、これから先の未来に自分たちの身に起こることは、先人たちがすでに経験してきた過去のこと、ということになる。仮にそれが大袈裟な解釈だったとしても、この本から何も学ばずにいていい理由にはならないだろう。
気になった箇所メモ
(本書の表記に合わせて、ここでは「プロダクト・マネジャー」という表記を採用する)
- (P.134) プロダクト・マネジャーの重要性
- (P.142) "私たちがインタビューした多くのプロジェクト・リーダーたちは、コンセプト創出に関して明確なリーダーシップのない民主主義は、個性ある製品を生み出すうえで最大の敵となると主張する"
- (P.148) "コンセプト・クリエーターが強いリーダーシップを発揮することと、エンジニアがユーザー志向の考え方に立つことがキーポイントとなる"
- (P.153) "プロトタイプの重要性が増す"
- (P.172) "技術改善を「迅速かつ少しずつ」やるメリットは、変更に対する免疫を高め、開発に「リズム」をもたらし、絶えず学習し改善していく雰囲気をつくり出す"
- (P.183) "フォーマルなドキュメントより、インフォーマルなコミュニケーションによって情報が共有されていく"
- (P.267) "市場志向の考え方を持った工程エンジニアの存在が必要である"
- (P.296) 製品の首尾一貫性をどう実現するか、内的側面(部品同士がしっかり噛み合う等)と外的側面(製品がユーザーの要求とマッチする等)
- (P.297) "製品の首尾一貫性を実現するためのこうした仕組みは、どうしても内的統合を重視する傾向がある"
- (P.307) "重量級型のシステムを採用するメーカーは、エンジニアリングを「母国語」とするプロダクト・マネジャーを育てようとする"
- (P.313) "日本のメーカーにおいては、プロダクト・マネジャーになるための道は、徒弟制度に似ている"
- (P.313) "ある日本のメーカーは、車の個性とマネジャーのパーソナリティをうまく合わせることをはっきりと重視していた"
- (P.327) "調査によれば、あるメーカーが高度に統合された組織の管理法をマスターするには長い時間がかかるのが普通であり、このような組織を早くから採用しているメーカーは、試行錯誤をそれだけ長く繰り返すことによって、他のメーカーが同様の組織構造を採用した後も優位性を維持することができることがわかっている"
- (P.335) "1990年代がダイナミックで競争がいっそう激化するとすれば、優れた組織の条件は、個々に高い技能を持った人々が結束したチームを構成し、ユーザーの関心を引き、満足させ、喜ばせるような個性的製品コンセプトを具体化するために、製品コンセプトの守護者であり、強力な統合推進者であるプロダクト・マネジャーのリーダーシップのもとに作業することなのである"
- (P.388) "1990年代の自動車のエンジニアリングは、製品エンジニアリングと工程エンジニアリングの統合が進んでいる化学業界のエンジニアリングに似てくると考えられる"
- (P.389) "将来の自動車エンジニアは、その技能と思考において、技術面と商業面とを合わせ持ち、ユーザーの期待と部品の詳細設計とを結びつける外的統合の推進者にもなるだろう"
まず、ひとりのエンジニアとして。
1990年代の自動車エンジニアには、ユーザーが何を求めているのかを把握してそれを実装に落としていく力が求められる、と書かれている。これは、現代のプログラマにもまったく同じことが言えるだろう。だとすれば、当時を生き抜いてきた、自動車メーカーの先輩エンジニアにお会いしてお話を聞かせてもらうと、多くの発見がありそうだ。そういった方たちにお会いしてみたい。
次に、組織という単位で見て。
組織の在り方が製品開発力に多大な影響を与える、ということが繰り返し主張されている。これに対して自分がこれからどういった取り組みをもっていけばいいかはまだわからないけれど、既存の組織構造を疑うことなくそれに乗っかり続けるだけでは、ずいぶんと危ういことになるのではないか、という危機感は強くなった。幸いにして、この書籍を勧めてくれたのは先述の通り弊社の CTO なので、今の組織の形と、これからの組織の形について話す機会には恵まれている。魅力的な製品を作り続けられる組織でありたいので、このあたりは積極的に話していくつもり。
まとめ
1991年の文章に「ユーザーインターフェースが〜」とか「大事なのはユーザー体験」って書いてある。2010年を過ぎてから「これからは UI/UX だ!!!」とか騒いでいると、自分は何周遅れの世界にいるんだろう… と思って反省の気持ちが込み上げてくる。ちゃんと歴史に学んだ方がいい…。こういった、時代の変化に耐えうるしっかりとした知識への参照を示してくれる、頼り甲斐のある上司がいるのは本当にありがたいこと。彼ら彼女らの助言には、素直に耳を傾けるようにしたい。
激戦の時代を生き抜いた自動車メーカーのエンジニアの先輩のお話を聞いてみたい。そこに、自分の未来を視ることができるのではないかという期待がある。