#june29jp

SimCityに対する苦手意識はいつの間にか消えていた

2011-01-22

去年の年末、iPhone アプリの SimCity Deluxe をプレイしていました。ボクらが慣れ親しんだ、いわゆる「十字キー」を持たないデバイスで、どのようにゲームを楽しむか、という点に興味を持ってのことでした。

SimCity Deluxe

たとえば、同じく iPhone アプリである ボンバーマンTOUCH 2 ボルケーノ・パーティは、画面の上に「仮想の十字キー」をソフトウェア的に実現しています。

本筋から外れて

そいで、iPhone アプリのゲームを10種類くらい試してみて、知りたいと思っていたインターフェイスのことは、けっこう分かりました。だけど、それとは別のことが分かってきて、楽しくなってきたので、このエントリを書くことにしました。

小学生、中学生くらいの頃の自分は、SimCity をじっくりとプレイすることができなかったのですが、お仕事帰りに「ビールを飲みたい」と自然と発想するようになってきた今の自分は、SimCity をじっくりと楽しめるようになっていました。

この変化は、どうして起こったのだろう。少し考えてみました。

記憶を掘り起こしてみると、昔の自分は「問題が発生している状況に対する耐性」が低かったのだと思います。SimCity をプレイしていると、常に住民が文句を言ってきますし、お金を自由に使うこともできないし、環境はどんどんと汚染されていくし、次から次へと問題が発生し、常になんらかの問題と向き合わなければなりません。

他の例として、アクションゲームを考えてみます。アクションゲームでは、あるステージについて「完全クリア」と呼ばれるような、完璧な状態が存在します。「ミスをしていない」「ダメージを受けていない」「取り逃したアイテムがない」類の状態は、とても気持ちよく、昔の自分は、そういった状態を維持することに喜びを感じながらゲームをプレイしていたのかもしれないな、と思います。ロールプレイングゲームでは「強力なアイテムを取り逃していて、すでに入手不可能である」と気が付くと、途端にやる気をなくす子だったりしました。

そして、今の自分。今の自分は「問題解決」に強い関心を持っています。問題というものは、自分の毎日を見渡してみても、いたるところに存在していて、言ってしまえば「問題が存在するのが当たり前」です。そういった前提に立てるようになっていた、というのが、SimCity を受け入れられるようになった、という変化なのだと思いました。

SimCity Deluxe

解決すべき問題がまったくない、なんて状態になることはありませんが、ひとつずつひとつずつ問題を解決していって、成長していく街を見守るのは、楽しいことですね。「Kamata」と名付けたボクの街に、ようやくスタジアムを建てることができました。わーい。

まとめ

年を重ねることで、味覚が変わり、それまで食べられなかった食べ物やお料理を好きになる、ってのは、何度か経験してきました。同じようにして、これまで楽しめなかったものを、楽しめるようになったり、するんですね。

面白い発見でした!最後のスクリーンショットは、ボクが生まれた日の Kamata の様子です。

SimCity Deluxe

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