#june29jp

極小コミュニケーションと生活スタイルと人間ラヴのお話

2012-01-02

どうも、じゅーんです!皆さん、マイクロコミュニケーション、楽しんでいますか!このエントリは「マイクロコミュニケーション」をテーマに書いてみます。2011年の後半は、ひとつひとつは小さいマイクロコミュニケーションが、だけれど無数に連なって大きなうねりとなっている、そんなふうに感じるシーンが何度かあったので、感覚を整理したいと思ったのです。

ここでいう「マイクロコミュニケーション」をどう位置付けるか

定義をなるべくパキッとさせておいた方が、以降のお話が楽しくなるはずなので、今回は思い切った定義を置いてしまいましょう。ここでは「マイクロコミュニケーション」を「文字入力を要せず2クリック(2タップ)以内の操作で完了するユーザ間のやりとり」と、してみます。具体的には、以下のようなものについて考えたくて、この定義を置いています。

  • はてなスター
  • Twitter の Favorite 及び ReTweet
  • Facebook の Like 及び Poke
  • Tumblr の Reblog 及び Like
  • Flickr の Favorite
  • Instagram の Like
  • Path の Facemarking 及び「足あと」 (どっちも、なんて呼んでいいかは、よく分かっていないので、勝手に)

ええと、呼称について、海外のサービスの場合は「そのサービスを英語表示にしているときのもの」を採用しています。ぼくの慣れているものに合わせて書いています。あとあと、「その定義なら、もっと別の言葉で呼んだ方がいいよ」という意見があれば、ぜひぜひ教えてください。

ライフスタイル

次いで、ライフスタイルのお話を、ちょっとさせてください。サンプルは自分「大和田純」です。

平日はだいたい、お仕事をしています。お仕事以外で誰かと会って交流する機会は、そんなに多くありません。だけれど、人と交流すること自体はとても好きで、いくつかの、いわゆる「ソーシャル系」のサービスを並行して愛用しています。マイクロコミュニケーション機能を、積極的に活用します。

時間の使い方が下手で、あんまり、まとまった時間を作って、人との交流に充てることができずにいるので、ちょっとした空き時間なんかにお手軽に交流を楽しめるマイクロなソーシャル系サービスに、救いを求めています。Twitter の Timeline や、Facebook の News Feed もそうですし、Tumblr の Dashboard も、時間のあるときに、好きなところから参加し、好きなところで離脱できるので、気楽で助かります。

自分みたいなライフスタイルとマイクロコミュニケーション

細切れの隙間時間で楽しめるマイクロコミュニケーション、楽なので、ついつい頼ってしまいます。「あの人とあの人と」「この日のこの時間に」「この場所で」「こんなことをして遊ぼう」なんて予定を立てることも、もちろんありますが、ちょくちょくというわけにはいかなくて。

では、ここで思考実験です。

  • [A] 1ヶ月に1日、予定を合わせて、その日は「朝から晩まで一緒にいて楽しい時間を過ごす!」と決めて過ごす相手
  • [B] 毎日、なんかしらの Tweet を定常的にお互いに1個以上は Favorite する相手

[A]と[B]の2種類の相手がいたと仮定して、1年後に、より親密になっているのは、どちらでしょうか。[A]の相手とは、12日分の楽しい思い出があることでしょう。[B]の相手とは、お互いに365個以上の Favorite した Tweet があることになります。

ぼくが2011年に思ったのは「ある相手のことを、毎日少しずつでも意識させられると、関係に無視できないレベルの影響があるなあ」ということでした。皆さんも、試しに想像してみてくださいな!

ヒューマンラヴ

マイクロコミュニケーションが、人と人の関係性に与える影響を考えてみるとなかなかおもしろくて、去年の12月当たりから、ちょっとずつ考察しています。というか、これまでにも「コミュニケーションがマイクロ化する流れ」はずっと感じていて、このブログでも、何度かその手のお話は書いています。関連しそうなものを、いくつか並べておきます。

それから、はるな様のあるいは画面越しの優しさについて – インターネットすやすやも、ぼくにとってはリアリティたっぷりで、今回のお話にも関係すると思うので、参照しておきます。

「そう、いろんなメディアが一気にかぶってくる感じ。電話はなんだか、許されなくない?なに今あなたわたしと電話しながらFacebook見てたの!?キーッ!って、相手によってはなりかねないじゃん」

あるいは画面越しの優しさについて – インターネットすやすや

Web を通じた… いや、もう2012年ですから、スマートフォンアプリのことを鑑みて、もっと広い言葉で表現するべきですね。情報技術を通じた、時空を超えるコミュニケーションの帯域はどんどん増し、流通するコミュニケーションはどんどんリッチになっています。ブログが世に出たばかりの頃は、学級の中で「もっとも声の大きい人たち」の居場所しかなかったサイバースペースにも、今では「声の大きい人たちの主張を聞いて上手にうなずいている人」の居場所も、じゅうぶんにあります。「うなずく」という行為によっても、居場所をつくることができるまでになりました。

そうして、それらの経路は、情報を流通させるだけでなく、人と人の関係性に大きな影響を与えるまでに、なってきたと感じます。たとえば、ぼくがほとんどアクセスしていないソーシャル系サービスをメインに楽しんでいる人たちとは、趣味が合うかどうか、なんてパラメータとは無関係に、疎遠になりがちです。このことから「どのソーシャル系サービスを使うか」という意思決定が「どの地に住むか」といったレベルの決定に近付いていると言えるでしょう。「趣味は合うけれど、遠くに住むようになって、疎遠になった」とまったく同じ形の現象だと思います。

現代の日本において「交通機関を利用する気は、まったくない」と頑なに決めている人とは、交流がむつかしいと思うのです。一緒に旅行に行ったり、お出かけしたり、できない。「交通インフラを利用する」という時代を受け入れる人とそうでない人との間に、境界ができてしまいます。この「交通インフラ」を「情報インフラ」に置き換えたときに何が言えるかは、想像に難くないでしょう。これは、手段がせいぜい「電話」か「メール」かくらいしかなかった頃とは、まったく状況が変わってきているのですよ。

人は、一度でも「楽」を知ってしまったら、大きくそっちに流れていく。そして戻ってくることはない。このまま「マイクロコミュニケーション」が加速する方向に人々が流れていったときに、人と人の関係はどのようにつくられていくのだろうなあ。そのときに、ぼくは、誰と、どんな人と、一緒にいることを、選ぶのだろうか。

…なんてことを、とりとめもなく、思いつく度に考えてきたのですが、「Path 2.0」の登場によって、ぼくから見える景色も大きく変わりはじめていて、色々と無視できない気持ちになって、このエントリを書くに至りました。

まとめ

女子力系ライターの方におかれましては、以上の内容をリバースエンジニアリングして「ソーシャル系草食男子の意識に潜り込む7の方法」ぐらいの記事を書いたらいいと思います!

すみません、ぜんぜんまとまっていません…!が、どこかのタイミングでは、このことについて真剣に考えなければならないタイミングがくるはず、と思って、現状の感覚を dump させてもらいました。このトピックに興味がある人は、ぜひぜひ話しかけてくださいね。お話しましょう。まずはマイクロなところから話しかけてもらえると助かります!なーんて!

〜未完〜

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