#june29jp

漫画「ワールドトリガー」を2018年に語る

2018-12-03

このエントリは 2018年オススメのマンガ Advent Calendar 2018 の参加エントリです。まずは、素敵なカレンダーを用意してくれた @gamu1012 さんに敬意を表したいと思います。@gamu1012 さんは素晴らしい、おれのサイドエフェクトがそう言ってる。ありがとうございます!

ちなみに去年は2017年に読んだ漫画たちというエントリを書きました。今年もリストアップするエントリを書くかもしれませんが、本エントリはひとつの作品を選んで語る形式でいきます。おすすめの漫画はたくさんあるのでなにについて書こうかはいろいろと迷ったのですが、最近は「多くの人にこの漫画を知ってもらいたい…!」というテンションよりも「この漫画について語りたい…!」というテンションの方が強かったので、後者で行くことにします。

というわけで、2018 年に連載が再開されてファンたちが歓喜した「ワールドトリガー」について語っていきましょう。

(以降、若干のネタバレ成分を含みますので、これからワールドトリガーをまっさらな気持ちで楽しみたいという方は、ここで引き返すことをおすすめしておきます)

ご多分に漏れず、ぼくもワールドトリガーは大好きです。なので、体調不良による休載の報を受けたときはとても悲しくなりました。集英社さんにおかれましては、漫画家という職業がブラックな労働環境に陥らないように、少しずつでも改善を続けていってほしいと願っております。ひとりの漫画ファンとして。

さて、悲しい話題からスタートしてしまいましたが、なんとか連載が再開され、このエントリを書き終えて日付が変わるころには 19 巻がぼくの Kindle に降ってくるはず。とってもウキウキしながらこの時間を過ごしています。

(2018-12-05 追記) このエントリを書いた翌日に発売となったワールドトリガーの 19 巻を読むと、集英社の編集さんは葦原大介さんの体調をだいぶ気遣っていたように感じられましたので、集英社さんが悪いみたいに書いたぼくの文章はフェアではなかったな、と思いました。ごめんなさい。

ワールドトリガーの世界の居心地の悪さと居心地のよさ

今年の 10 月に、ワールドトリガーに言及したいくつかの文章がウェブ上で話題になりました。

上記 3 つはぼくもじっくり読みまして、じゃあ自分はワールドトリガーをどんなふうに捉えているかな〜と考えることになり、ひとりで楽しめました。こういうことをひとりで考えてひとりで楽しめるのは、オタクの便利なところですね。

もやもやした居心地の悪さというのが長らく自分の中で言語化出来なかったのだが、最近それが「登場人物がしっかり思考して動いている」ことに起因するのではないかと思い当たり、少し愕然としている。

なるほど〜。

暴走したキャラクターによって足を引っ張られるように展開していく物語が好きかと問われればむしろ苦手と言ってしまうタイプで、シン・ゴジラなんかはむしろゴジラ版お役所緊急事態お仕事もののノリでかなりのめり込めたしよく出来た映画だと思ったのだが、思春期の少年少女もそろって「物分りの良い」「良く出来た」キャラクターとして描かれてしまうと、ストレスの無さが行きすぎてむしろ居心地の悪さを感じてしまうのかもしれない。自分自身中学生や高校生の頃はおろか、一応の社会人になった今でも彼らのように理性的に動くことができる自信は全く無い。

そうですね、登場人物たちを見て「みんな、年齢のわりにはずいぶんと大人だな」というのはぼくもそう思います。同時に、自分は彼ら彼女らの相対的な年齢 (誰が先輩で誰が後輩か等) には確固たる意味を感じつつも、絶対的な年齢にはそれほど意味を感じていないのだな〜と気付きました。たとえば、すべての登場人物に +5 歳しても物語は成立しそう、と感じているということです。極端な例で +30 歳してしまうと、40〜50 代のおじさんおばさんが跳んで舞う画になってしまうのでズレてきてしまうでしょうけどね。彼ら彼女らに中高生が多いというのは、少年ジャンプの漫画だからじゃん、くらいに軽く捉えているところがありそうです。

逆の意見も見てみましょう。

俺がワールドトリガーが好きな理由は、主人公を含めて主要登場人物が論理的に、頭を使って戦いを展開して、無駄な事、馬鹿気た事、愚かな事は基本的にしないからだと言える。多少の浮き沈みや、大きな失敗があっても、前を見てロジカルに状況に対処し自分を成長させていくキャラクタが多いほどいい。

ふむふむ。

感情が赴くままに、最悪の判断をしては味方をピンチに追いやったりすると、かなりメンタルゲージが下がる。精神的に弱すぎる奴も同じ理由でダメ。典型的な絶対にダメな主人公が、幕ノ内一歩(はじめの一歩)。突出するな退けと言われてんのに突っ込んで味方の犠牲を増やす奴とか、死んで主人公が変わんねーかなと思うし、考えなしの脳筋とか生きてる価値あんの?って感じになる。

ぼくはどちらかということこっちに近くて、ワールドトリガーの登場人物たちは「見ていて共感できる、安心できる」ところがあります。ぼくは日本の地上波で放映される恋愛ドラマのうち 8 割くらいは「まっったく共感できない」という感じで、そういうシーンが一度でもあるとその作品はもう楽しむことができなくなっちゃうという感じでなかなか困ったものなんですが、その点、ワールドトリガーはありがたいです。

こうして、ある意味で「両極端な感覚」が散見されたわけですが、これって各人が「自分のまわりの環境になにを求めるか」に依るんじゃないかな〜という仮説を持つにいたりました。周囲に対して「論理的であってほしい、行動には理由があってほしい」と潜在的にでも顕在的にでも思っている人と、「理屈とかじゃなくて、そのときの気持ちを大事にしてほしい、直情的であってほしい」と思っている人と。どっちのタイプかによって、ワールドトリガーを読んだときに居心地が悪く感じるか、居心地がよく感じるか、わかれるんじゃないかな〜と。これはつまり、ワールドトリガーの登場人物たちが同僚になったらどうか、みたいな話なんじゃないかと思ったわけです。

ワールドトリガー界の感情的なキャラ

とは言ったものの、感情的なキャラというか、理屈で動いているわけではないキャラというのもいて。「ガロプラのレギーの暴走」については、作者の葦原大介さんも「こういうキャラがいると展開をつくりやすい」と明言しています。「落ち着いたキャラが多い」というのも作者が認めていますね。

同じくガロプラ侵攻のときの「林藤陽太郎の疾走」についても、実力派エリートの迅さんは「やれやれ」という顔をしてはいますが、葦原さん的にはヨシヨシという感じなんじゃないでしょうか。

他にも、子どもっぽさを残しているキャラとして香取、緑川、木虎たちもいて、あらためて見てみるとみんな感情自体は豊かなのかもなあ。それをそのまま行動に移して場を乱すってことを避けているだけであって。まあ、それが冷静ってことなんですけれど。

難しいことへの挑戦

感情的なキャラがいると展開をつくりやすい、と作者も認めた上で、だけれどもそれに頼らない展開を作ろうと挑戦しているように見えて、ぼくにはそれがきっと痛快なのだと思います。大規模侵攻の最中の緊張感と、きれいにまとまったあとの爽快感。あれは、キャラがはちゃめちゃに暴れて短期的な盛り上がりをつくっただけでは得られない感覚でしょう。

それを支えているのは迅悠一のサイドエフェクトだろうなぁと感じて、実力派エリートは作品の中だけではなく外においても活躍していて、さすがのエリートだと納得するわけです。

まとめ

ワールドトリガーについて思っていることを散文形式で書いてみました。ふだん、あまりこういう形式の文章は書かないので、自分としても楽しかったです。ワールドトリガーは大好き!とあらためて確認できたのもよかった。

2018年オススメのマンガ Advent Calendar 2018 には、まだ空きがあるのでぜひあなたの漫画トークもお聞かせください。それでは、よい漫画ライフを〜。トリガー起動!

おもしろかったら、いいジャン!してね

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