#june29jp

東京にきてから 10 年が経った

2018-04-01

2008 年 3 月 31 日の上京から、まるまる 10 年が経過しました。下に貼ってある写真は上京してきた日の駅の様子。この写真は上京してきてから8年が経ったにも貼ったので使い回しです。上京の日の写真なんてそんなに何枚も持っていないというのもあるんですが、この写真に写っている駅の様子はけっこう強く印象に残っていて、ああ、自分は東京にきたんだな〜って思ったときの写真なので、何度も貼りたくなる写真なのです。

駅のホーム

この 10 年の間に

  • @mamipeko 先生と出会って結婚しました
  • 就職、転職、転職を経て、3 つの会社でのお仕事を経験してきました
  • 大田区蒲田に 9 年ほど住み、人生の中でいちばん長く住んだ街が蒲田になりました
    • それまでは 6 年半ほど住んだ北海道釧路市が最長でした
  • 当初は「武者修行」と思って東京にきたものの、結婚して長く住んだら「第 2 のホーム」という感じになりました
  • 自分は超人ではないと自覚したけれど、かといって無価値というわけではないと自信がつきました
  • やっぱり、人間と社会のことを想うのが好きです

特に最近はいろんなことがうまくいっていて、奥さんもぼくも「最近はますます楽しいね」と言っています。直近 10 ヶ月くらい、生活のあらゆる面が充実していて、楽しく健康に過ごしています。そんな環境には感謝しきり。

自分の能力や現在位置については「もっとこう、バーンといかないものかねぇ」と満たされない気持ちは丸 10 年ずっと途切れずに続いていますが、心を蝕むような無力感とまではいかないので、そんなフラストレーションも前に進む力に換えてがんばっています。

次の 10 年

引き続き、楽しく元気にやっていきたいと思います。さすがに同じ業界に 10 年いるので、ここまでに積み上げた財産だけで生計を立てることはできるな〜という感触はあります。ただ、スキルと経験の貯金を切り崩して暮らしていくのはつまらないので、コンフォートゾーンを飛び出して新しいことにチャレンジする気概を忘れず、これまで以上にフレッシュな大和田であれるようにがんばっていくぞ!ぼくは「退屈」がとても怖いので、退屈な日々にならないようにしていかねばな…。

10 年前の自分へ。エイヤッと東京にきてみて、よかったと思いますよ。とびきりかわいい奥さんも見つかりました、ラッキーですね。東京に住んでいる状態、もっというと蒲田に住んでいるときに観る映画「シン・ゴジラ」は最高でした。自分の住んでいる街がめちゃくちゃに破壊される映像作品ってのは感情移入しやすくていいですね。コミット先としてウェブ業界を選んだのも大正解だったと思います。おかげで、好きなことをしながらスキルアップして楽しく暮らせています。自信を持ってくださいね。

おもしろかったら、いいジャン!してね

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Twitter との 11 年間、GitHub との 10 年間

2018-03-30

ぼくが Twitter を使いはじめたのは 2007 年 3 月 27 日。

ぼくが GitHub を使いはじめたのは 2008 年 3 月 28 日。

Twitter との付き合いは 11 年、GitHub との 10 年になりました。けっこうな期間をこれらのソフトウェア・プロダクトとともに生きてきたことになるので、ここらでちょいと思い出話でも書いてみようかと思います。

Twitter との 11 年間

これがぼくの記念すべき最初のツイート。寝ているときに投稿しました。Status ID は 13,374,921 ですよ、若い!最近のツイートだと ID は 98 京とかですもんね。パッと見で桁がわからないくらいの数。

その 2 週間後には「身内が増えてきた」とツイートしています。音符マークとか使っている時期があったんですね、なんだか頭が悪そうなツイートで恥ずかしいです。

2007 年というとぼくは札幌市内に住む大学院生で、Tim O’Reilly の What Is Web 2.0 や梅田望夫さんのウェブ進化論を読んでめちゃくちゃに気分が高まっていました。「これからはウェブが盛り上がるんだ、きっと」と思っていたはずです。学生時代の終わりが近づけば近づくほど「どうやったら、ウェブの発展に関われるような日々を送れるだろうか?」と考えていたように記憶しています。当時は、今ほどウェブ系企業の求人は多くありませんでしたからね。

ちなみに当時の Twitter は今ほど高機能ではありませんでした。ここ 11 年での変化などなどをざざっと書き出してみると、こんな感じでしょうか。

  • 日本語をうまくツイートできない時期があった
  • ぼくが使いはじめたとき、すでにメンション機能はあった
  • nudge という機能があった (いつの間にか消えた)
  • Google Talk 経由で使うと快適だった
  • 昔は負荷が高くなるとネコの画像が出た、いつからかネコの代わりにクジラが出るようになった
  • フィーチャフォン用の「モバツイ」にはずいぶんお世話になった
  • 「リナカフェなう」するのが夢だった
  • 公式に「いいねされた」を知る術がなかったころは「ふぁぼったー」を見ていた
  • 公式に、画像を添付してツイートできるようになった
  • リスト機能が生まれた
  • ハッシュタグが生まれた
  • リツイートや引用ツイートが公式機能になった

2007 年というのはぼくにとっては「大当たりの年」で、Twitter と Tumblr と Ustream に出会えたのがこの年なんです。たかだか半年くらいの間にこれら 3 つの刺激的なプロダクトがぼくの生活に立て続けに入り込んできて、各種書籍やウェブメディアが声高に叫ぶ「ウェブは次のバージョンに進化したんだ!」というのが、決して夢物語ではなく、実際にぼくの生活を塗り替えていくものなんだと感じる日々でした。

そんな 3 つのプロダクトの中でも、なんやかんやで最も多くの時間をともにしてきたのは Twitter でしょう。ぼくが所属していた研究室は、Twitter 登場移行は新しい後輩たちが入ってきても連絡先として電話番号を教えてもらうことは一気に少なくなり、Twitter で生存確認するようになりました。ぼくが札幌を出て東京にやってきても、すぐにいろんな人たちとごはんに行けたりしたのは Twitter とウェブのおかげです。

ありがとう、Twitter。

GitHub との 10 年間

これは Gmail の inbox に今も残っている招待メール。最近の GitHub の Signup のフローがどんなふうになっているのかは知らないけれど、当時は @mojombo 先生から招待メールが送られてくるフローだったっぽいです。最後の行に @defunkt 先生と @mojombo 先生の連名で署名が入っているの、いま見ると熱いですね。まだ初期のころなので「俺たちの GitHub を楽しんでくれよな」感があります。

実をいうと、このころの GitHub 関連の記憶ってぜんぜんないんですよね。どのようにして GitHub を知って、どのように Signup に至ったのか。なんにも思い出せません…!

このブログで最初に GitHub に言及したのは 2008 年 5 月のTumblrのテーマをTwitter風にしてみたという記事でのこと。画像が表示できなかったりリンクが死んでいたりしてひどい記事だけど、Gist へのリンクがありました。このときには Gist を活用していたんですねぇ。

ツイートで最初に言及したのは 2008 年 6 月 29 日でした。ぼくは 25 歳のバースデイに Git GitHub Heroku の設定をしていたのか…もっと他にやることなかったのかよ。

2008 年 4 月に入社した会社では最初は Subversion でソースコードを管理していたので、この時期はそこまで「GitHub 最高!!!」ってなっていなかったんじゃないかなあ。このころは「Subversion + Trac + Skype」みたいなツールスタックで日々の開発を進めていました。テキストチャットツールとして Skype を使っていた時代。コミュニティでは IRC を使っているところもありました。

今では多くのソフトウェアエンジニアが「GitHub Flow」と呼ばれるやり方でソフトウェア開発をワッショイしているので、若い世代からすると「GitHub や Pull Request がない時代って、人間たちはどうやって暮らしていたの?」という感覚かもしれません。そのときはそのときのモダンとされるやり方があったんですよ〜。

ところで、この手の話をするときにぼくが必ず思い出すプロジェクトがあります。それは「CodeRepos」と呼ばれ、日本の開発者たちの間に生まれました。下記の @Yappo さんの記事を見てもらえると、当時の雰囲気を感じられるでしょうか。

YappoLogs: CodeRepos - 個人レポジトリを共有しよう!計画

さっき見てみたらサイトはエラーを吐いて死んでいる様子だったので、2007 年末のアーカイブにリンクしておきます。なつかしいなあ。Trac の画面を見るだけでなつかしい気持ちになれて便利。

https://web.archive.org/web/20071229203055/http://coderepos.org/share

まさにソーシャルコーディングというか、2018 年の人類からしたら「それ GitHub のことじゃん」って思っちゃうようなことをやろうとしていたんですよねぇ。おもしろい。

だんだんと GitHub の話じゃなくなってきましたが、あとひとつぼくにとって思い出深いのが「ustreamer」というプロダクト。これは Ustream をいい感じに楽しむためのウェブアプリケーションで、最初の作者はたしか @miyagawa さんです。いろいろと思い出すために検索していたら、今も 200 を返してくれる @otsune さんバージョンの ustreamer を発見しました。

ustreamer の時代には GitHub の Fork や Pull Request が存在しなかったので、@miyagawa さんが公開していたソースコード一式をまるごとハードコピーしてきて、手元で改変を加えて、それを自分たちのサーバにアップして公開する、ってのをやっていました。ぼくらが公開した版に @otsune さんがさらに手を加えた版が先のリンク先です。こんな調子なので、フッターに謝辞みたいな感じで名前が載っていたりします。これ、今なら GitHub で Pull Request を送りますよね〜!そういうのがない時代の思い出話でした。

これからのこと

10 年 11 年というとなかなか長い期間に感じますが、逆にまだ 10 年かそこらなのか、とも感じます。たったの 10 年ほどの間に、Twitter や GitHub はぼくの思考のありさまを変えてしまったのです。たった 10 年でこれだけの変化を起こせるということは、10 年後にはきっと今からは想像できないような方法で友人たちとコミュニケーションを取り、仲間たちとソフトウェア開発をしているのでしょう。

2028 年の 3 月には、次の 10 年をふりかえる記事を書いていられたらいいなあ。ソフトウェアが社会を大きく変えていくこの時代に生まれたことがうれしいです。次の 10 年も楽しみです。

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はむみが永い永い眠りについた

2018-03-24

約 2 年半の間、大和田家の一員としていっしょに暮らしてきたはむみちゃん。名前が「み」で終わるのでよく女の子に間違われますが、立派な男の子です。長毛種のキンクマハムスター。

そんなはむみちゃんが動かなくなっていることに気付いたのが、今朝のことでした。

はむみが我が家にやってきたのは 2015 年 9 月 21 日です。その翌日には自家用 Slack に #hamumi チャンネルを用意し、いろんなことを書き込んだり、写真を投稿したりするようになりました。

奥さんもぼくもハムスターといっしょに暮らすのは初めてのことだったので、特に最初のころは、奥さんがよく「はむみが◯◯なんだけど、大丈夫かな…?」と心配していました。

上の動画は、家にきたばかりのころのはむみの様子。元気いっぱいのわんぱく少年という感じ。毎日のはむみを観察して「はむみの状態遷移図」を書いてみたりもしました。

続いての動画は、最小限の外出で食料をゲットしようすると横着なはむみ。プレゼントしているのはラムネみたいなやつですね。

基本的には臆病で、ぼくらが手を伸ばして触れようとしても逃げまわる子でした。人間になついて手に乗っかるようなハムスターもいるみたいですが、はむみはそういうふうにはなりませんでした。ただ、家にきたばっかりのころの警戒心はどんどん薄れていき、ちょっと背中をなでるくらいならそこまでいやがらなくなっていきました。

本当はもっともっとはむみと触れ合って遊びたかったものの、家の中に放しちゃうといろいろと危険もあるので、せめてと思ってハムスター用のボールに入れてワイワイと遊んだりしていました。

たまには思い切り油断して、大事なところを丸出しにして眠っている日もありました。

はむみ、うちにきてくれてありがとう。ここ 3 ヶ月くらいは動きも昔ほどキビキビしていなくて、奥さんもぼくも「おじいちゃんになっちゃったね〜」と見守っていました。だから、いつでもお見送りできる覚悟はできていたと思ったんだけどなあ。

動かなくなってしまったはむみを抱き上げて、土の上に運ぶときに夫婦でエーンとなってしまいました。ゆっくりと幸せに眠れるように、うちの庭に土のベッドをつくって寝かせました。長毛のはむみみたいなモコモコしたお花も添えてにぎやかにしておきました。

庭を見ると、はむみがずっと愛用していた木の家があるので、いつもみたいにピョコっと顔を出してくれるんじゃないかって、そんな気がしてなりません。

あんなに小さな体で、こんなに大きな存在だったんだなぁとしみじみ思います。はむみちゃん、900 日とちょっとの間ぼくらといっしょに過ごしてくれてどうもありがとう。はむみちゃんがいっしょうけんめいに駆け回る姿が大好きでした。はむみちゃんは、うちで過ごしてみてどうでしたか?楽しく過ごしていてくれたならうれしいです。もう触ったりはできないけれど、庭を見るたびに思い出しますからね。どうか安らかに眠ってください。ありがとう。

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書籍「エンジニアリング組織論への招待」を読んだ

2018-03-21

決して読書が速くはないぼくでも購入から 5 日後には読み終わりました。スムーズに読めておもしろかったです。

エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング:書籍案内|技術評論社

読んでいて安心した

実のところ、この本を読んで新たにぼくが獲得した知識や視点というのはそれほど多くはありませんでした。なので、読んでいる間のぼくの気持ちは「うんうん、そうだよね、めっちゃわかる」という感じでした。ぼくがよくチームメンバーや後輩に言うようなことがたくさん書いてありました。

とはいえ、知識や視点をここまできれいにまとめて体系的に語るってのは今のぼくにはできていないことなので、これからエンジニアリング組織論を学びたいという人には、ぼくがいっしょうけんめい語るのを聞かせるよりはこの本をスッと渡す方がいいと思いました。大作です。すばらしい 1 冊だと思います。

著者の広木大地さんは 1983 年生まれなんですね〜。ぼくと同い年です。同世代だけあって、広木さんが文中で語る世界はぼくが見ている世界に近いんじゃないかな、という印象を受けました。世界観や社会観って、生きる時代に影響を受けますよね。

読書メモ

本書は、「不確実性に向き合う」というたった1つの原則から、エンジニアリング問題の解決方法を体系的に捉える組織論です。

「不確実性に向き合う」という全体を貫くテーマ設定がいいなあ。

「情報の非対称性」を解消するには、・自分の情報を相手に伝える・相手の情報を自分が聞くという行動をとればよいのですが、この当たり前のことができなくなってしまうケースがあります。

めっちゃわかるなあ…。あるいは「当たり前」と思われていないかもしれない。これに近い話は「これからチーム開発に立ち向かう花ざかりの君たちへ」というスライドの 34 ページ目あたりに書いたことがあります。

このように将来の自分が、今現在の自分をメンタリングしている状態を「セルフマスタリー(自己熟達)」を得たと表現します。

セルフマスタリーめっちゃいい。みんなセルフマスタリーを目指そう。

このような状態は「チームマスタリー」がある状態であるといえます。この「チームマスタリー」がある状態のことをアジャイル開発の用語としては、「自己組織化されたチーム」と呼びます。

もちろんチームマスタリーも目指そう。

エンジニアリングという言葉の指し示す対象を「方法不確実性の削減」だと狭く捉えてしまうと、「目的不確実性」や「通信不確実性」が形を変えて、方法不確実性の増大を引き起こします。エンジニアリング全体を「不確実性のシステム」の中で捉え、「不確実性削減のシステム」を追加することがエンジニアリング組織の役割だといえます。

不確実性を 3 種のカテゴリで整理して捉えているのも本書のいいところですね。だいぶ話がすっきりする。こうして文章にしてみると、エンジニアリングはめっちゃかっこいいやんけ。エンジニアになりたい!

システム思考、創発や自己組織化、禅のようなメタファーは、複雑系科学やシステム論の用語で、それを知らない人に伝わりません。通信不確実性こそ、対応していくべきことであるのに、その用語を乱暴に用いたり、コミュニケーションを断絶することに一役買ってしまいます。

ぼくは複雑系を専攻していた時期があるので、この手の概念は身近に感じられるのでした。ラッキー。でも、みんながみんなそうじゃないってことは覚えておかなきゃですね。いましめ。

私たちは感情的な生き物です。組織構造にしてもアーキテクチャにしても、「構造」が与える力は見えづらいものです。ですので、意識的・無意識的に個人の問題として隠してしまおうと、つい考えてしまいます。構造上の問題は、誰かのせいでないのと同じくらい、私たち自身を含んだ全員の責任でもあるからです。

はい、その通りだと思います。

しかし、根本的な問題が「構造上の問題」にあると気がつけば、対立は消滅します。解決すべき問題はその姿が見えてしまえば、「悩み」は「考える」に変わります。必要なのは、妥協でも、政治でも、卓越した技術力でもありません。組織やビジネス、プロセス、そしてシステムへの「エンジニアリング」なのです。

共感しかないなあ。エンジニアリング、めっちゃかっこいいやんけ(2回目)。今日も明日も、しっかりエンジニアリングしていきたいと、そんな気持ちになれました!

まとめ

ソフトウェア開発に関わっていて「なんだか、うまくいかないもんだなあ」と思っている人がいたら、試しに読んでみるといいんじゃないでしょうか。新たな視点を得ることで「なーんだ、そんなことだったのか」となる問題はたくさんあります。

本書は、問題の正体を理解するためのたくさんの視点を与えてくれる 1 冊です。それらは、とても体系的に筋道立てて書かれているので、よくわからん精神論や経験談ではない形で読者のもとに届きます。わかりやすく書かれているので、どなたにでもおすすめできます。

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「Hi-Ether Meetup - Block #1」に参加してきました

2018-03-12

「Hi-Ether」の概要などは Genesis Meetup である前回の参加レポートに詳しく書いたので、そちらをご覧ください。

前回の様子 : 「Hi-Ether Meetup - Block #0」に参加してきました

ブロックチェーンアプリケーション開発の教科書 by 篠原航さん

篠原さんより、先月に発売された書籍のご紹介です。「DMM の D は Decentralized の D!」がだいぶおもしろかったです。発表資料にも書かれている通り、こちらの書籍は技術情報はもとより読み物として楽しめるコンテンツも充実しており、暗号通貨や Ethereum のことを包括的に学ぶのにおすすめの一冊です。

ぼくはちゃっかりしているので篠原さんのサインをゲットしちゃいました。かわいい Ethereum マークつきです!

2018-03-12 22.44.39

暗号通貨好き好き軍団 〜速・続・バーンでSKY〜 by あんちぽちゃんさん

続いては、弊社 CTO のあんちぽちゃんさんのトークでした。ぼくの記憶がたしかなら、発表中に「SKY」の解説はなかったと思いますね…!

ぼくにとっては「うんうん」「そうそう」という内容でしたが、会場のみなさんは楽しんで聴いてくれていたようでした。暗号通貨やスマートコントラクトが浸透した世界を実現するために、各社がんばっていきましょう!ぼくとしても、他社さんのこういった事例があればぜひ知りたいです〜!

社内仮想通貨をモバイルDapp(iOSアプリ)で実装してみた話 by 佐藤大輔さん

社内通貨、夢がありますよねぇ。モバイルアプリから Ethereum ブロックチェーンを活用する実践的なお話でした。

Webapp への仮想通貨決済に関しての考察。 by 高木昭博さん a.k.a TeburaNinja

前回の Meetup でも気になっていた人は多いはず、本当に忍者の衣装で登場する TeburaNinja さん。あの衣装は伊賀から取り寄せているとのことです。本場モノ!

コインロッカーのシェアリングエコノミー的なサービス Tebura の紹介と、暗号通貨決済に関する考察でした。

イーサリアム&ERC20 対応のスマホネイティブウォレットアプリを作ってみた by 中村昂平さん

ERC20 対応ウォレットのモバイルアプリを実際にリリースしてみた!という体験談です。このあたり、やはり ÐApp のキラーアプリが登場すると利用が一気に加速しそうだな〜と思いました。今はみんなで模索しているような感じ。

まとめ

前回の Meetup で @mituoh くんが着ていたのと同じフーディを今回の Meetup で @alitaso346 が着ていておもしろかったです。せっかくなのでふたりを出会わせておきました。

前回に引き続き実践的な内容のトークが多く、懇親会も盛り上がって楽しかったです!ぼくは受付をやっていたからわかるのですが、80 人の参加枠に対してほぼ 80 人が参加していて、都内での技術系イベントなのにこんなに出席率が高くてびっくりです。Ethereum コミュニティ、盛り上がっています。今後も 40 日に 1 回くらいのペースで Meetup を開催していきそうなので、興味を持った人はジョイナス!

Ethereum 開発者向けコミュニティを作ったよ

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「自分たちは成長する存在である」と信じること

2018-03-10

ペパボカレッジ 6 期

今月、ペパボの東京オフィスでは「ペパボカレッジ 6 期生」の研修が行われています。ペパボカレッジ、通称「ペパカレ」は、めちゃ簡単にいうと「約 1 ヶ月間のエンジニア研修を受けられる中途入社」です。第 6 期はインフラ編ということで、インフラの研修の日々が続いています。ぼくは、ペパカレが大好きなんですよ。なんでかっていうと、これは「挑戦する人を応援する仕組み」だからです。

これまでのペパカレも、

  • ウェブ業界に興味はあるけど、即戦力というわけでもないし…
  • モバイルアプリの開発をやってみたいけれど、自分がいきなりできるかはわからないし不安…

そんな人たちが勇気をもって飛び込んできてくれて、研修を経て現場に配属され、今ではみんな大活躍しています。ヒュー、最高ですね!

ふりかえり会

そんなペパカレ 6 期において、ぼくは週次のふりかえり会を担当させてもらえることになり、3 月 9 日に最初のふりかえり会を開催しました。社内でふりかえり会の設計から司会進行までを任されることは珍しくないのですが、ふと、今回のふりかえり会で 6 期生たちに伝えたことは実はとっても大事なことなんじゃないかと思い、あらためて文章にしてここにも書き残すことに決めました。

なんでしょうね、ペパカレ 6 期生たちがぼくの話をいっしょうけんめいに聞いてくれたからでしょうか。ここ数年の自分にとっては当たり前になっていることを話しただけなんですが、「あれ、これ大事なことなのでは…?」と思わされたんですよ。不思議なものですね。

自分たちは成長する存在である

もしぼくたちがまったく成長できない存在なのだとしたら、ふりかえりなんてやる意味がありません。今後も今と同じやり方で今と同じスピードでしか仕事をこなせないのだとしたら、成果は投じた時間に比例するだけですから、ふりかえりなんてやらずに作業の時間を取った方がよいことになります。

ぼくらは、成長する存在です。ある期間のよかったこともよくなかったことも受け止めて「次は、もっとうまくやれそう」「うまく進めるためには、こういうことを身につけるとよさそう」「ここを伸ばすとよさそう」と思えたなら、きっと前に進めるでしょう。それを何度も何度も繰り返して、少しずつ物事をうまくこなせるようになっていきます。知見が貯まってきたら「あっ、こういう状況では、こうふるまっておくといいはずだ!」と行動できるようになります。だから、未来に対して明るい展望を持てるわけです。

自分たちは成長する存在である──これを心から信じられるかどうか。

ふりかえりを実施する上での前提として、その場に関わる全員でしっかりと確認しておくべきことです。

ちなみに今のぼくは、これを信じられないチームで仕事をするのは精神的に耐えられませんし、今後もそんな現場に身を置くつもりはありません。成長をあきらめて過ごすには、ぼくの人生はあまりにも短すぎる。

不完全でもいい

成長するということは、今はまだ完全体じゃないということでもありますね。それでいいんです。チームメンバーや同僚たちの前で「完全な存在であるフリ」をする必要なんてないんです。

ふりかえりにおいて大事なのは「どれだけ成長できるか」なので「現時点でどれくらいか」は気にしすぎることはありません。たしかに、自分の弱みをさらけ出すことには恐怖を伴います。怖いですよね、ぼくもそう思います。ただ、弱みを隠そうとした結果として成長機会を逃してしまったら、今後も変わらず弱いままになってしまうので、そっちの方がもっと怖いはずです。

ペパカレ 6 期生たちは「ここでは、わからないことをわからないと言ったときに、馬鹿にしてくる人はいない」と言ってくれました。そう思ってもらえているなら、ぼくらがよい環境を守れていると言ってよさそうです。

この考えは、いつから?どこから?

ぼくは、いつからこの考えを持っているんだろう?どこから取り入れた考えなのだろう?と思って、ちょっとだけ調べてみました。

なんとな〜く @kakutani さんが「アジャイルがうまくいくかどうかは、自分たちが成長できる存在であると信じられるかどうかにかかっている」とか言っていたような?覚えがあるんだけど?はたして?

いろいろと検索してみて、ようやく見つけたのはこれ。今から約 9 年前に公開された 角谷信太郎――「スーパーマンである必要はない」 - @IT自分戦略研究所 という記事の一節。

繰り返しになりますが、重要なのは「人は学べる」という前提を信じられるかどうか。

これがベースにありつつ、自分の中に定着して自分の考えになっていったのかな!たぶん!

お読みいただき、ありがとうございました

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プログラミング言語 Ruby の生誕 25 周年に寄せて

2018-02-20

次の週末、2018 年 2 月 24 日(土)には、Ruby の生誕 25 周年をお祝いするプログラミング言語Ruby 25周年記念イベントが開催されます。オンラインでお祝いのメッセージを募集しているとのことなので、ぼくも日頃お世話になっている Ruby に感謝のお手紙を書くことにしました。

言語を選ぶということ

おそらく 10 年よりもっと昔、どこぞの英会話スクールが「英語を話せると、10 億人と話せる」というコピーでテレビ CM を放映していた時期があったかと思います。たしかに、英語を選んで学習すれば、英語圏のすべての人たちと会話できる潜在的機会を得られることになります。たとえば日本人のあなたがフランス人を相手に情熱的な恋をしたら、その相手とたくさんのことを話すために、熱意を持ってフランス語を学ぶかもしれません。

なるほど。「言語を選ぶ」ことは「話し相手を選ぶ」ことにつながるのですね。

10 年とちょっと前に「おもしろそうだし、やってみよう」と Ruby を選んだぼくには、Ruby 札幌の人たちがワイワイとやっているその会話に自分も参加したいという気持ちがあったと思います。なんだか楽しそうに Ruby のことを話す大人たちの話し相手に、ぼくもなりたかったのです。

日本語の「おもてなし」「もったいない」「わびさび」「絵文字」などが、そのままの音で「OMOTENASHI」「MOTTAINAI」「WABI SABI」「EMOJI」として国外でも浸透している例があります。日本に独自の考え方や概念は、他の文化圏の言語にうまく翻訳できないからですね。一方、我々のように日常的に日本語を扱う人にとっては、これらの概念は身近なものだったりします。

なるほど。「言語を選ぶ」ことは「接する文化を選ぶ」ことにもつながるのですね。

プログラミング言語 Ruby と友だちになってから

ここでいう「友だち」というフレーズはもちろん、オブジェクト指向スクリプト言語 Ruby の公式ウェブサイトに掲げられている

A Programmer’s Best Friend

というタグラインから採っています。キャプテン翼よろしく、ぼくからすると「ルビーは ともだち こわくないよ」というわけです。

実際のところ、Ruby に触れるようになってから、たくさんの Rubyist たちとお話する機会に恵まれました。すごすぎるコミッターのみなさん、かっこいい先輩、尊敬できる同年代の友人たち、可能性に満ちた後輩と、魅力的な人たちとの出会いがたくさんありました。ぼくがここまでプログラミングを楽しめるようになれたのは、Rubyist のみなさんのおかげだと思っています。

「いいなあ」と感じる文化にもたくさん触れました。「MINASWAN (Matz is nice and so we are nice)」の標語に触れて、ぼくも nice でいたいな〜と強く思うようになりました。まつもとさんが言う「名前重要」は、ちょっとアレンジして「命名重要」としているものの、まつもとさんから拝借して今では自分の大事な考えの一部としてすっかり定着しています。

プログラミングのあれこれについても、Ruby を通じて学んだことが多いです。新しく言語を学ぶときには「Ruby でいうアレだな」とマッピングすることが多いので、今では自分の母国語と言えそうです。

これからプログラミングを学ぼうとしている人へ

2018 年は、今までのどの時代よりも「プログラミングを学び始めたい」と考えている人口が多い時代だと思います。今日も世界のどこかで「プログラミングを始めようと思うんだけど、最初の言語は何がベスト?」という質問が生じ、それぞれに思い思いの回答が寄せられていることでしょう。

「どんな人たちと会話をしていきたいか」「どんな文化に触れていきたいか」という観点で言語を選んでみるのもよいですよ、とぼくからはオススメしておきます。言語作者のインタビューなんかは検索すればすぐに見つかりますし、各言語のコミュニティイベントの様子もすぐに確認できますからね。ためしに探してみてください。

25 周年、おめでとうございます!

25 年もの間、Ruby がすくすくと育ってくれたことに感謝します。

Ruby のある世界に、Ruby のある時代に生まれてこれてよかったと本当に思っています。最近のぼくが日頃からお世話になっている人々は、Ruby のおかげで会えた人が多いですからね。今のお仕事にも就けているのも Ruby のおかげじゃないかなあ。

今後も 30 周年、35 周年、40 周年…と、節目のときにはこうやってお祝いできるといいなあ。ますますの発展を願って、締めとさせていただきます。この度はおめでとうございます!

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書籍「フィンランド 豊かさのメソッド」を読んだ

2018-02-12

先月には書籍「未来型国家エストニアの挑戦」を読んだを書いており、世界のいろんなおもしろ文化に興味を持って調べている最中の june29 です。エストニアに続いてフィンランドですから、今は北欧の文化に惹かれているというのがばればれですね。エストニアは特に「電子化」の部分を知りたくて調べていました。フィンランドについて最も気になったトピックは「教育」です。

最初に、書籍の紹介文の一部を引用しましょう。

経済協力開発機構(OECD)による生徒の学力調査(PISA)で、フィンランドの子どもたちがトップの成績を挙げて以来、その教育のあり方に注目が集まっている。またフィンランドは、世界経済フォーラム(WEF)の国際競争力ランキングでも、何度も1位に輝くなど、経済的にも発展している。充実した福祉、女性の社会進出、透明性の高い税金の使途……日本とは対極的とも言える、その成長の秘密は、どこにあるのだろうか。現地の大学院留学など、フィンランドで過ごした貴重な体験をもとに語る、“不思議で豊かな国”の素顔。

これを読むだけでわくわくしちゃって、勢いまかせに Kindle 版をポチッとしちゃいました。

フィンランドの人口は 2012 年のデータで約 532 万人。2017 年 3 月のデータで北海道の人口が約 534 万人ですから、ほとんど北海道民の数と同じと言ってよさそうですね。フィンランドの国土面積は、日本から九州を引いたくらいだそうで。このことから、人口密度は日本よりもずいぶん低いことがわかるでしょう。

せっかくなので日本語版 Wikipedia のフィンランドのページからも引用します。

人口や経済規模は小さいが、一人当たりGDPなどを見ると豊かで自由な民主主義国として知られている。フィンランドはOECDレビューにおいて「世界で最も競争的であり、かつ市民は人生に満足している国の一つである」と2014年には報告された。フィンランドは収入、雇用と所得、住居、ワークライフバランス、保健状態、教育と技能、社会的結びつき、市民契約、環境の質、個人の安全、主観的幸福の各評価において、すべての点でOECD加盟国平均を上回っている。

そんな国の文化から、ぼくが学べることはなんだろうか。ぼくが日々に活かせることはなんだろうか。そういう気持ちで読みました。

ちなみにこの書籍は 2008 年に出版されたものなので、2018 年に読むとしたら「執筆から 10 年ほど経過している」という事実は頭に入れておくとよいでしょう。

読書メモ

まずは雑多なメモを箇条書きで。

  • 「サウナ」はフィンランド発祥で、フィンランド語の Sauna がそのまま日本でも定着している
  • まず残業をしないし、夏には4週間の休暇をとるのが当たり前
  • フィンランド人の当人たちは「国際競争力1位、そうなんですね〜」という感じらしい
    • 失業率が高いということがあり、その影響で「景気がよい」とは感じにくいのだそう
  • 「新卒」という雇用の枠組みがなく、就職活動はけっこう大変
  • 「効率のよさ」を重視する傾向が強く、日本人からすると「ちょっと冷たいのでは?」と感じる面があるとのこと
  • フィンランド語には、日本の敬語のような複雑なシステムがない
    • 厳密には存在するが、目上の人もそれを使われることを好まず、だんだんと使われなくなってきている
    • 肩書きや敬称ではなく、下の名前でフランクに呼ばれることを求める場合が多い

ここからは、そもそものお目当てであった「教育」関連のトピックを、引用を交えながら。

フィンランドでは、教師は伝統的に人気の高い職業だ。もちろん安定性や長い夏休み、といった魅力もあるが、給料は仕事の大変さ、責任の重さに比べれば、けっして高いとはいえない。しかし、フィンランドに「教師は国民のろうそく、暗闇に明かりを照らし人々を導いていく」という言葉があるように、国民から尊敬されてきた職業なのだ。

なるほど、教師は人気、と。

とはいっても、「小学校のときに教わったあの先生に憧れて教師になりたい」と思っている人は、私の周りにはほんのわずかしかいなかった。逆に教職を目指す友人からはよく、今までに教わった変わった先生や、嫌いだった先生についての批判を耳にした。彼らが教職を目指すのは「恩師への憧れ」というよりも、それまでなんらかの形で「教える」経験をしてきており、その教えることの楽しみ、子どもたちへの愛、そして自分の知識を他の人にも伝えたいという願い、というのが大きい。そして「知識を教える」ことだけにとどまらず、広い意味で「教え育む教育」ということに情熱をもち、教師に憧れている人がとても多い。これが、専門性と人間性両方を兼ね備えた教師の質につながっていくのだろう。

じゃあどうして、そんなふうに熱を持って教育に関わりたくなる人が多いのだろう。教えることに関して成功体験を得やすい環境が整っているのだろうか。

そして教師の質とともに大事なのは、カリキュラムや教え方である。以前、ある教育大臣を務めた人物がこう言っていた。 「教育で大切なことは情報を与えることだけではない。自分で考える力、問題解決能力、想像力、理解力、適応力を養うことである」

これはいいですね。国も教育に携わる人たちも「教育とはなんなのか」をしっかりと言語化して、行動の軸に添えている印象を受けました。

フィンランドの試験には、日本でよくある穴埋め式や選択式というのはなく、基本的には論述式である。例えば歴史の問題であれば、「フランス革命について述べよ」といった問いで、解答には、年号だけではなく、革命が起きた背景、実際に誰が何をし、どうなったのかなど、かなり幅広い知識と論旨の流れが求められる。

丸暗記では太刀打ちできないタイプの問題ですねぇ。総合力が問われるタイプ。

ぼくがこの本を読んでいたころに日本では、大学入試センター試験で「ムーミンの舞台がフィンランドであるかどうか」を問う問題が出題され「そもそもこんな知識が大学に入るのに必要なのか」という声が飛び交っていたというのはなかなかおもしろいな、と思ってしまいました。他人事だ。

しかしこれだけ教育に力を入れている国であっても、受験戦争といった競争もプレッシャーも学校や家庭にない。むしろのんびりとした、おおらかな空気が漂っている。それは中学での選択が一生を決めてしまうということではなく、回り道をしても、迷いながらも、いくらでもやり直しがきく社会や環境があるおかげであろう。

ぼく個人は、いわゆる「受験戦争」ってやつを経験せずに大人になったので、アレのよしあしについて具体的に語れることはほとんどないのだけれど。それでも、原子爆弾を落とされて戦争に負けて「もう戦争はしない」と宣言している国において、若者たちを争わせる仕組みに「受験戦争」と呼び名を与える価値観は控えめにいっても異常だとは思いますね。話が逸れました。

世界的に見ると、どうなのでしょうか。もっとフィンランドの教育の雰囲気を見習った方がいいのか。それともフィンランドが例外なだけで、やっぱり煽るようにして勉強させた方がよい結果につながるケースが多いのか。このあたりはよく知らないので、今後また調べていきたいです。

さて続いては、養豚や農業で生計を立てていたとある農家一家のエピソードから。様々な事情によって養豚を続けられなくなった一家の、定時制高校で学ぶ 40 歳の奥さんのお話が紹介されている。

数年前、一家から養豚をやめると聞いたときは「この一家、路頭に迷ってしまうのでは……。子どもだってまだ小さいのに」と私はかなり心配したのだが、当の本人たちはあっけらかんとしたものだった。「大丈夫、なんとかなるし、また勉強して新しい仕事を探せばいいから」と笑って言っていた。そして、二人とも勉強という選択肢を選び、着実に新しい道を切り開いていっている。この一家をみていると、勉強や転職には年齢はあまり関係ないんだな、とつくづく感じさせられる。

フィンランドでは、生涯を通じて「学び続ける」という習慣があるようです。まぁ「大変だ」と思わないわけではないものの、ぼくは「いいなあ」と強く思います。いやなのは「特定の、学ぶべき時期」が規定されていて、その時期にうまく学べなかったらもう手遅れ、みたいなルールなので。いくつになっても学べる、それでなんとかなっちゃう、という楽観的な雰囲気はポジティブな行動を誘発するだろうと想像します。

教育は何も親のためや強制されるものではなく、自分の身を守るための、そして能力を高めるための切り札であり、努力したぶん、いずれ自分にプラスになって返ってくるという意識がこの国にはある。

なるほどな〜。制度やらカリキュラムやら云々って話ももちろんあると思いつつ、この意識を浸透させられていることが何よりの武器なのだ、と思ってすっかり納得してしまいました。

まとめ

2008 年に出版された書籍「フィンランド 豊かさのメソッド」を読みました。ぼくが興味を持っている「フィンランドの教育」について、多くのことを知れました。またそれだけではなく、フィンランドの文化を形成する様々な景色も見ることができました。とってもおもしろかったです!

教育系の事業に関わる人にとっては、フィンランドの事例ってよく知られているのかしら。「こういうのもあるよ、おすすめだよ」という情報があればぜひ教えてください。

フィンランド 豊かさのメソッド (集英社新書)

フィンランド 豊かさのメソッド (集英社新書)

おもしろかったら、いいジャン!してね

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「Hi-Ether Meetup - Block #0」に参加してきました

2018-02-04

2018年2月2日(金)に渋谷で開催された「Hi-Ether Meetup - Block #0」に参加してきました。昨年12月に書いた Web アプリケーション開発者のための Ethereum 入門 という記事でも触れた Hi-Ether という Ethereum に興味のあるエンジニアのコミュニティの、記念すべき初めてのオフラインイベントになります。

Hi-Ether について by @amachino さん

まずは Hi-Ether の立ち上げ人である @amachino さんから、コミュニティの紹介がありました。ぼくはもともとコンセプトに共感したから参加させてもらっていたわけですが、今回こうして @amachino さんの生トークとして「こういうコミュニティにしたい!」というのを聞けて、胸が熱くなりました。

現に、Hi-Ether に参加してから Ethereum についてあれこれ調べたり学んだり触ったりするのがますます楽しくなったんですよね。気軽に質問したり相談したり議論できる人たちがいるって、本当にありがたいです。コミュニティの「こうありたい」あるいは「こうはありたくない」をしっかり理解した上で、いい関わり方をしていきたいな〜と思いました。やっていくぞ!

DAICO を実装してみた by @syrohei さん

続いては DRI のファウンダである @syrohei さんのトークでした。

Explanation of DAICOs - Better ICOs - Ethereum Research

既存の ICO の問題点を克服し得る「DAICO」という概念の登場を受け、独自の解釈を加えつつ検証用にさっそく実装してみた!というお話でした。1月17日には DAICOの最初の実装を公開しました – DRI Blog という記事も公開されていたので、目にしていた人も多かったことでしょう。

Ethereum で「今」サービスを作る by @sot528 さん

3つめは、2017年9月に ICO を行い日本円にして約4億円を調達して大きな話題にもなった ALIS の CTO の @sot528 さんのトークです。冒頭で「アウトプットはあまり得意ではなくて…」と言っていたので「なにをおっしゃいますやら!」と思いながら聞いていました。

ぼくは個人的に ALIS を応援しているので、ALIS の開発の現場の「実際のところ」をたっぷり聞けてなんとも俺得な内容でした。

Ethereum に興味を持って学びはじめて、チュートリアルをこなしてサンプルの独自トークンをつくってみるまではいいものの、いざ一般利用者向けの ÐApp を開発してみよう!となると、途端に「あれ、こういうときはどうするんだ…?」「これ実用に耐えなくない…?」と壁にブチ当たることになるかと思います。ぼくはそうなりました。ぼくと同じような立場の人ならきっと「他のみなさんはどうしているんだろ…?」と疑問を持つはずで、その疑問に対するアンサーがふんだんに盛り込まれているトークでした。ありがたや!

スマートコントラクトの定時実行を調べてみた by @blueplanet さん

LT 枠のひとつめ!

スマートコントラクトの定時実行を調べてみた - Qiita

いわゆる cron 的な機構が備わっていない Ethereum 上のスマートコントラクトで「定時実行、どうすんの?」というお話でした。トーク中には具体的なユースケースには触れられていなかったと思いますが、実用的な ÐApp をつくろうと思ったら必要になる場面は出てきそうですね〜。

Dapp 開発をしてみる by @ngo275 さん

LT 枠のふたつめ!AnyPay の @NGO275 さんです。

(トークタイトルはイベントのタイムテーブルにあったものをコピーしてきました)

スマートコントラクトで「イベントの参加者管理アプリケーション」をつくってみたよ、というこれまた実践的なお話でした。「参加費をたくさん払うと優先的に参加できる」というギミックがおもしろかったです。抽選で外れてしまった人には自動で参加費が返金される、というのはまさにスマートコントラクトのいいところですね〜。飲食店のドタキャン問題が騒がれる昨今でもありますから、スマートコントラクで世の中をよくしたい!というテンションになれて最高でした。

ソースコードも ngo275/Meethereum: Meetup on Ethereum に公開されています。ミーサリアム!あとでゆっくり読むぞ〜。

トークン運用の三要素(発行・移転・消却) by Shu Kobuchi さん

LT 枠のみっつめ!

ブロックチェーン推進協会の会員企業である株式会社キューブシステムの Shu Kobuchi さんのお話でした。Vitalik さんとのツーショット写真、めちゃインパクトがありますね!やばい!

今回は3要素の中でも「消却 (Burn)」に焦点をあてた内容で、ぼくは Burn についてそこまで具体的に考えたことがなかったので、終始なるほどな〜と思いながら聞いていました。

個人的メモ

以下は読者向けではない、ぼく個人としてのメモです。

  • @amachino さんに「Hi-Ether をつくってくれてありがとうございます」って言えた!
  • ブロックチェーンアプリケーション開発の教科書の著者のひとりである篠原航さんに「書籍、買いました!読みます!」とご挨拶できた
  • いっしょに受付を担当させてもらったのがメタップスの人たちで「お金2.0」のことなど話せてとても楽しかった
  • @gabu さんとはおそらく初めてオフラインで会い、いろいろとお話できた
  • @mituoh くんと数年ぶりに再会していろいろと聞けてよかった
  • Meetup 後に8人くらいで延長戦的にお話して、お互いにあらためて自己紹介して、もともとどういう界隈にいた人が Ethereum 方面に流れてきているのかなんとなくわかってよかった
  • 最初は「第1回」というナンバリングでしたが、準備中に「Block #1 みたいにするとオシャレかも?」と提案したところ @amachino さんが「Meetup #0」としてくれました。ジェネシス!

まとめ

初の Meetup は、とても盛り上がって最高でしたね!イベント開催時点で Hi-Ether の参加者は195人ほどで、そのうち70〜80名が渋谷に集まっていました。想像していた以上に「Ethereum そのもの」「スマートコントラクタ開発」「ÐApp 開発」に興味を持っている人は関東に集中しているようです。みなさんそれぞれ、具体的に話したいことが多くて、懇親会では活発に質問・相談・雑談・議論しあっているように見えました。

@syrohei さんの DAICO のお話を聞いているときに、まるでこの場で法案について議論しているようだなぁ、とぼくはしみじみ思ったんですね。どういう ICO が健全か、そのためにはどういった規律があればよいか… そしてその状態を実現するために技術でどうアプローチするかを、真剣に話し合う空間がそこにはあり、不思議な興奮を覚えました。Bancor Protocol もそうですけれど、社会に存在する問題を技術的アプローチで解決するのって、めちゃくちゃかっこいいですね!

ぼくは「コミュニティは、価値観とともにある」と思います。ただ人間が集まるだけでは不十分で、共通の価値観によって形成されるのがコミュニティであると捉えています。今回、Hi-Ether には「Decentralized というコンセプトを信じる」という価値観があると感じました。これはもちろん Ethereum の思想からきているものです。ここで、2018年1月6日に孫泰蔵さんが Facebook に投稿していた内容がおもしろかったので、引用して紹介しますね。Vitalik さんが孫さんにした最初の質問が

「あなたは分散型アプリケーションが好きですか?『decentralized(非中央集権)』というコンセプトを信じていますか?」

だったとのことです。もしこのコンセプトを信じられないのだとしたら Ethereum のコミュニティに属する意味がそもそもなくなってしまうのでしょう。ぼく個人にとっても、今年2018年は「あらゆることを、非中央集権的な発想で捉え直してみる」というおもしろい1年になりそうです。

Hi-Ether のみなさんにはなにかとお世話になると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

俺が、俺たちが DAO だ!

そして、Hi-Ether に興味を持ったよ〜という方は、ぜひ Ethereum 開発者向けコミュニティを作ったよ をご参照ください!

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書籍「未来型国家エストニアの挑戦」を読んだ

2018-01-17

2018年1月4日から読み始めて、1週間程度で読み終わりました。これはぼくにしては早いペースです。特に、第1章におもしろエピソードを盛ってあるのはずるくて、早々にハートキャッチされてしまうので勢いよく読めました。

読書記録を書こう書こうと思って書けずにいる間に、1月15日にはワールドビジネスサテライトでもエストニアが取り上げられたのですね。ソーシャルメディア上でエストニアがちょこちょこ言及されているのを見て、よし、エストニア本のことを書いちゃおうと思っていま書いています。

エストニア 「電子国家」で変わる生活:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京

ハイライト

Kindle 端末で読みながら、なんと61ヶ所もハイライトしてしまいました。ぜんぶを引用していると大変なので、ここからさらに厳選してぼくに刺さった内容を紹介するとしましょう。

エストニア人と書面での契約をしようとすることは得策ではありません。なぜ契約相手がそのような非効率的で、安全性が低く、環境負荷を与える方法で契約するのか、エストニア人は理解できないからです。時にはあなたを疑いの目で見ることもあるでしょう。エストニアの人々は、電子署名と電子契約が、署名を安価にし、ビジネスのスピードを上げ、森の木を残すことを知っています。

ワールドビジネスサテライトの実況ツイートとして、下記のツイートがたくさん RT されていました。似たような話ですね。

国民ID番号については、日本では「マイナンバー制度を導入すると政府による国民の監視が強まる」と心配する人も多いが、エストニアではそのような心配をする人はほとんどいない。背景には、国民ID番号を利用することに長い歴史があることに加え、行政の情報公開が進んでいて、国民が知らない間に国民を監視する仕組みを作ることは困難と思われていることがある。

「情報システム」と「国民からの信頼」がセットで存在しているのだなあ。

情報公開が進んでいることで、政治家も不正行為ができない。エストニアではすべての企業献金が禁止されており、政治家は個人献金だけを受け取ることができる。当然、政治家の収入や党に対する個人の献金額も公開されているので、たとえば、選挙で多額の費用を使ったことが知られると、その金の出所をマスコミに追及されることになる。海外視察の時も、経費を何にいくら使ったか、本当に必要な支出なのかを説明しなければならない。

これだいぶ大事だと思う。たとえひとりひとりの「政治家さん」を信用できなかったとしても、不正をはたらくことのできない「政治システム」を信用できさえすれば、こんなに政治に不信感を抱いて過ごさずに済むと思うのでした。「実は、誰々さんがこんなことにお金を使っていました」「なにそれひどい」みたいなやりとり、これ以上は聞きたくありませんからね〜。

政府は作成した文書を基本的にWeb上で公開することが法律で決められている。まず、国民はネット上で政府がどのような文書を作成しているか知ることができ、ネット上でその文書の閲覧請求もできる。国民に公開されない機密文書もあるが、この場合は機密文書とした理由を政府が開示しなければならない。

いいじゃん。

選挙活動といっても、日本のように候補者名を連呼したり、街頭での演説を行ったりすることはない。

「大声で名前を連呼した方が勝つ」みたいな世界観にまったく共感できないので、こういうのはいいと思います。

セップさんも毎年3月にインターネットで税の申告を行っている。税額は行政が収入を把握しているのであらかじめ計算されており、税の申告サイト上に表示される申告書類に目を通して、記入漏れや間違いがなければ電子署名で確認をすれば完了する。書面で申告するよりも、インターネットで税の申告をしたほうが税の還付が早く、3日くらいで払いすぎた税金が戻ってくる。

いいじゃん…!

電子処方箋のおかげで、患者は慢性疾患の処方箋を得るためだけに医師を受診する必要がなくなった。患者は医師に連絡し、医師が必要な情報を入力するだけで薬局で薬を受け取ることができる。

あるいは、

エストニアではすでに医療情報の共有はできていて、電子医療記録、電子画像の保管とアクセス、オンライン予約、電子処方箋の各システムは実際に利用されている。そのため、たとえば市民の病歴などがすべて電子的に管理されているため、旅先で急に病気にかかって病院に行ったときでも、現地の医師はその患者の病歴を見て診断することができる。

は、ぼく自身はここ15年くらい病気や怪我でお医者さんのお世話になっていないのであまり実感はないものの、身近な人から病院で数時間も待たされて〜的なお話を聞かせてもらうと気分が重くなるので、そういう人たちにとってはめっちゃうらやましいことなのだろうと想像します。

エストニアの電子政府サービスの開発の特徴は、一度作ったあとは作りっぱなしではなく、利用者の声を反映させ、改良を重ねていくところにある。

おっ、どこかで聞いたような開発プロセスの話だ!

文書交換センター(DEC:Document Exchange Centre)は、国家ポータルの文書(eForms、DigiDoc)を処理するための文書管理システムおよびアプリケーションの共通の中央コンポーネント(情報システム)である。このシステムの目的は、分散された場所にある文書管理システムをX-Roadを通してリンクし、文書の短期的および長期的保管と処理を確実に行うことである。DECの機能性は文書形式には依存せず、文書の種類を制限することもない。DECは以下のオンライン・サービスを提供する。

大事な文書の保存は大事ですよねぇ。いい歳した大人が「言った」「言っていない」で言い争う時間はゴミのようなものだと思っているので、記録は大事。「1年経ったら削除する」とか言っている場合ではない。

エストニアでは、正当な理由がある場合に法律を素早く変更することができる。

いいじゃん…!なんなら「正当な理由があるのに素早く変更できない」ってなんなのだろう、という気持ちまであります。

それを実現するための重要な要素の一つは、データベース内のデータの共同使用や再利用である。電子政府の開発の初期の頃から、エストニアは「市民(利用者)からの情報を聞くのは一度だけ」という原則を持っていた。すなわち、政府サービスを利用する際、利用者が同じ情報を同じ形で何度も入力する必要がないようにしている。政府がすでにデータベース内に情報を持っているなら、同じ人が他の行政サービスを使用する場合、その情報の使用を拒否することがあってはならない。

どこぞのユーエックスデザイナーじゃなくて「国」がこれを言っているの、控えめに言って最高。こういうシステムに触れて育った人は、自身がシステムを設計するときにも自然とそういう発想をするのだろう。「同じことを2回も入力させるの、異常じゃない?」と。

もちろん、エストニアのスタートアップ企業にとって、人口わずか130万人のエストニアという国はターゲットとする市場としては小さすぎる。しかし、その小回りが利く国のサイズと、教育レベルが高く技術に精通した人々が住んでいることは、エストニアを新しい技術のためのテスト市場として機能させることに成功している。

国そのものが経済特区っぽいよなあ。

エストニアは、会社を設立する速度でいえばギネスレコードに載るレベルの速さを実現しているといえるでしょう。eIDカードかeレジデンシーカードの所持者が標準的な企業を設立するためにかかる時間は、最速で9分25秒だと聞いています。

最速10分で起業!

本章では、エストニアの事例を見ながら、日本として参考にすべき点を以下の項目について述べる。 1.明確なICT推進の基本方針の策定 2.国民の理解の獲得 3.共通基盤の構築 4.明確な技術支援体制 5.普及戦略

これは「日本」を「あなたが属する組織」に読み替えても有益になりそう、と思いながら読みました。

まず、実際に市民が利用してメリットのあるサービスを検討し、その優先順位を上げる必要がある。  一例として、かつて外務省所管の「パスポート電子申請システム」を紹介する。これは導入3年で133件しか使われず、2005年に廃止された。

えっ、日本でそんなことがあったのですね、知りませんでした。ぼくがソフトウェアについていっぱい考えるようになる前の出来事ですね。

2つ目は、その開発費用の妥当性だ。20億円以上のシステム構築費用を旅券発行数で割ると、1件当たり約1600万円になることが大きく問題となったが、なぜこのような膨大な費用がかかってしまったのかの説明は十分行われることがなかった。

ほえー、ぜんぜん知りませんでした。気になって調べてみたら2006年の記事でこんなものが見つかりました。なるほど。

電子行政:オピニオン/インタビュー - 今、あえて提言する「パスポート電子申請は“廃止”すべきではなかった」:ITpro

雑感

全体を通しての感想は「おお、ふつうだ」となりました。

ここでいう「ふつう」というのは、多くの国がそうしているとか、平均的であるとか、そういうことではなくて。「自然な状態だ」というニュアンスです。やりたいことがあったときに、それを苦労なくストレスなくふつうにできちゃう、という意味での「ふつう」です。

コアになっているのは「国民ID」でしょうね。しっかりと設計されて、実装されて、運用されている。だから強力である。まっとうに設計・実装・運用したらこうなるよな、という姿が第1章でたっぷりと描かれていました。ちょっとだけ気になる〜という人は第1章だけつまみ食いするとよいと思います。

そういう意味では、日本では「マイナンバー」が機能するようになれば、状況が大きく前進するのではないかと思います。もちろん国には「こんなふうに、最高の日々が訪れるんだ!」というビジョンをしっかりと示してくれることを期待しますが、一方で私たち国民も協力的な態度で建設的なふるまいで向き合っていかないと、国として着実に歩を進めるのは難しかろうとも思います。クソほど文句を言って足を止めさせるのは簡単ですけどね〜。

まとめ

書籍「未来型国家エストニアの挑戦」を楽しく読んだので、その読書メモを書きました。

この書籍は約2年前の発売なのですが、ぼくはこれを2018年に読めてよかったなぁと思いました。興味を持ったきっかけは「ブロックチェーン」や「スマートコントラクト」といった技術です。こういった技術について、この星の中で先行して大きな事例を生みそうな活動主体として、エストニアに注目するようになりました。もしこの書籍を2016年に読んでいたら、きっとぼくは無邪気に「これからの時代、国っていうのはこういう姿になっていくのだろう、楽しみだ〜!」と未来の国家像を想像して胸を踊らせていたのではないかと思います。しかし、2018年のぼくの感覚はまた違ったものでした。

今年はきっと「Decentralization」について何度も考えさせられることになるだろうと予感しています。これまでの約35年間を生きてきたぼくに染み付いている「国」や「企業」といったものたちの在り方が、大きく変わっていくのだろうという漠然とした予感です。この書籍を通じて視たエストニアというひとつの国の形は、今のぼくにとっては「やがてたどりつきたい目的地」としてではなく、これからぼくらが向かう方角を指し示す「羅針盤」として映りました。

まだエストニアについてよく知らないという人や、今後10年の国家や社会の様相を考えていきたいという人には、ぜひおすすめしたい1冊です。

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing)

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing)

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